伍・布覆透体

 何とか切り抜け、アリクイの飼育スペースへ走る。ああ、もう面倒だな。もう一回瞬間移動を使いたいのだが――。

「ヴァフォーン」

 リックはポケットの中で嬉しそうに叫んでいる。

 この可愛らしい声だけが、今の私に必要なものだよ……。


 数分歩いて、やっとのことでアリクイの飼育スペースが見えてきた。

「疲れた。リックはいいな。ポケットに入っているだけで」

 最も、もし走らせたら誰かに捕まって、写真撮られるかするだけだろう。

 ――あ、やっぱり。

 疲れて歩いていなかったら、捕まっていただろう。やっぱり私がここを狙うと想定していたのだろうか。

 はぁ、日本の人間は金にばっか目が行く種族なのだな。

「あ、あいつじゃないか?」

 と、気づかれた。

「ヴァー!!」

 リックが悲鳴を上げた。

「ヤバい!」

 私が急いで逃げだそうと、飼育スペースに背を向ける。だが、どうやら相手にも作戦があったらしい。

「ドンマ~イ」

 ああ、挟み撃ちにされた――!




 本日二回目の取調室的なところ。

「ねえ、君。いつまでこれを続けるつもりなんだい? ほんの少し前に柿山さんから報告があったばかりだが。一体君はあそこで何をしたいんだい?」

 そんなことに答えるつもりはない。

 でも、私には保身に使える魔法があと少ししかない。

 幻覚と光を使ってしまった。瞬間移動も使った。記憶も使った。なら、どうする。

「ヴェフォーン」

 と、頭がいいユニコーンには何かアイデアがあるようだ。


「おい、何をコソコソしている。何かあるのか?」

「いいえ、別に。——魔術覚醒、転異天界」

 と、唱えると同時に相手は消えた。そう、目の前からシュッと消えた。

「成功だけどさ。これちょっとマズいんじゃないの?」

「ヴェ……ヴァ……ヴィッフ」

 まあ、マズかったでしょうね。


 なぜかと言うと、さっきの魔法はほぼ最後の切り札と言っても良い。転異天界とは、会話している相手を異世界に転生させてしまうことだ。

 ――これは、マズいぞ。

 まあ、それはドワーフ王国が何とかしてくれるだろう。あっちも人口を増やすぞって言っているからなぁ。




 再び外に出る。

 と、出ると同時に声がした。

「あ、あいつだー!!」

 バタン

 秒でドアを閉める。鍵もかけた。

「これはマズいかな……」

「ヴェフォーン」

 良い考えがあるよ、と。

 だが、日本に来てから今のところ、リックの解決策は確かに確実に解決できた。が、どれもどうなることやらの崖っぷちだった。

 まあ、聞いてやるか。

「ビヴェフォーン」

 結果、なるほど、と思った。


 この警備員が詰める部屋を漁る。やはり、警備員の制服があった。

「よし」

 ちょうど、ピッタリのサイズの服が合った。

「さてと、着替えますか」

 脱いだ服は――。

「魔術覚醒——荷転魔鞄、ルネライト・ド・ミッテラン・チップ」

 そう、これは荷物を自分の“魔法のリュックサック”に転送することができる魔法だ。

 私は警備員の服を身に着けて、外へ出た。当然、帽子を深くかぶり、目立つ髪が見えないようにした。

「ヴェ、ヴェ」

「おっと、本当だ」

 そして、ほっぺのハートのシールも剥がしておいた。




 エマが思う警備員の歩き方でゆっくりとアリクイの飼育スペースへ向かう。ポシェットは警備員っぽくリメイクしておいた。大丈夫、どうせ警備員がポシェットを持っていてもバレない、ハズ。


 アリクイの飼育スペースの柵の前に人だかりができていた。私は早速声をかけてみる。

「ちょっと、君たちここに集まって何をしているんだい?」

「え、警備員さん。話を聴いていませんか? 不審者が現れたらしいので、ここを守っているんです」

 男の一人が答えた。私が当の不審者であることも知らずに。

 ――よしよし、バレてないバレてない。

「そうですか。でもね、それならそういうことは警備員に任せてくださいよ。出たっていうんで警察にも通報しました。じき人員が増強されるはずですから、さっさとどいてください」


 しばらく沈黙が続いた。諦めてくれたかな、と思った時だった。

「それが、そういうわけにもいかないんですよねぇ」

 チャラい女が答えた。

「これ、不審者捕まえたら金出るんじゃねってみんな思ってるんすよ。これは引き下がれないっしょ」

「いや、お金出ませんから。無駄な期待をしないでください」

 私はこのウザいチャラ女にピシャリと言い放った。

 それを聞いて諦めが付いたのか、何人かの人間が人だかりから出て行った。

「でもさ、もしアタシが捕まえて警察に出したら、報奨金とか来るんじゃね?」

「ヴェ、ヴェ、ヴィ、ヴァ」

 と、小さな声でリックが私の耳打ちした。やっぱり私のかわいい子は何にでも知っている。

「報奨金は本当に出ないんですよ。報奨金が出るときは『目撃情報募集!』とか言って張り紙されている人間だけなんです。それ以外には出ないんですよ。嘘だと思うなら調べてみてください」

「……そっか。じゃあみんな、行こう。無駄な時間過ごしたわ」

 諦め、早いな! ついツッコみたくなってしまった。


 さて、人だかりが消えたところで、私は準備にかかる。ポシェットの中にある布を取り出した。これが工芸国、ドワーフ王国の名産品のマントだ。

 これで色んな魔法を使うことができる。

「魔術覚醒——布覆透体」

 私はマントで体を覆い、呪文を唱えた。

 小さな光がマントから出る。そして、光が止んだ。

 試しに近くに来たアリクイに近づいてみる。

 ――上手く行った。

 アリクイは私に気が付かないで、反対方向へ歩いていった。

 ――そう、これは体を透明にできる魔法なのだ。

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