陸・魔絆転写
透明な身体で、私は誰にも気づかれずに地層を探ることができる。
リックは草の上ですやすやと寝息を立てていた。
私は鏡を地層の隅々まで照らして、どこに絆の跡が埋まっているのかを探す。
――こういう時、リックがいたらここら辺ってのを教えてくれるのに!
一時間が過ぎた。意外とこの地層は広かった。
まだこの大きな地層の半分くらい。
辛い。
で、半分を照らし終え、残りの半分に差し掛かる。それからしばらくした時だった。
「え?」
見つけた、かもしれない。だが、分からない。確かに、少しだけオレンジ色の光が見えたはずなのだが……。
「ちょっと、ねえ」
私は魔法のペンで、地層に神聖文字を書き込んだ。それから、かわいい寝顔を見せている物知りユニコーンを起こしに行った。
「ヴァ、ヴヴェ?」
リックはせっかく良い草の上で寝ていたのを起こされたのが嫌なのか、ご機嫌斜めな様子だ。
「これさ、もしかしてあれ?」
リックを地層へズルズルと連れて来て、私は指を指した。
「ヴェフォーン! ヴェフォーン!」
急に、リックは叫び始めた。
――当たり、だ。
私はリックを連れて、地層へやってきた。
鏡を緊張の汗で少し濡らしながら落とさないように持つ。
「魔術覚醒——
鏡を地層にかざして唱える。そして、その地層から強い光が放たれた。
「キャッ!」
私はそのオレンジ色の強い光に圧倒され、思わず倒れ込んでしまった。もちろん、鏡はちゃんと持っている。
「あぁっ……」
次の瞬間、鏡に神聖文字が写し出された。
私は二コラ王太子に教えてもらった通りに、その鏡に手をかざす。
と、神聖文字が消えて、再生ボタンが現れた。
「リック、行くよ……?」
「ヴェフォヴェフォーン。ヴェヴァヴェヴ」
リックによると、少し辛い内容かもしれないということだった。だが、それでもドワーフ王国のため、そして人間と異世界獣のためにも、しっかり見るしかない。
「大丈夫。それじゃ、行くよ――」
私は、鏡に現れた再生ボタンを手で軽く押した。
***
「……戦時猛獣処分、だと」
「それは、どういうことだ」
「空襲とかで動物が脱走しないように、動物を殺処分することだ」
「これじゃあ太平洋戦争の時と一緒じゃねぇか!」
「だが、どうする。これは形式としては都知事からの命令だ」
「都知事は東京都動物園協会の実質的な管理者だ。逆らえばどうなることやら」
「やのに、それで動物を死なせるんか? そらないやろ」
「だが、ここでやっとけば復興の時も金を貰えるんじゃ?」
「それは甘いと思う。どうせこれで負けてもあっちは金が無いんだから、貰えるハズがねぇ」
動物園協会の建物で、何人かの幹事たちが話し合っている。
たった今さっき、ネットワークが途切れている協会へ、手紙が送られてきたのだ。
――どうする。
幹事たちはここを切り抜ける方法を必死に模索していた。だが、色々意見が交わされ、お互いの意見を否定し合うばかりで、サッパリ進まない。ここで、小井田東京都知事から更なる通告があった。
『もし、これを断るようなものがあったら、容赦なく自衛隊を突入させ、殺処分する』
はぁ、と溜息をみんなついた。
結論が出てしまった。
***
「はぁ?! 殺処分?! ありえないよ!」
エマは叫んだ。今はどこかへ行ってしまった虫眼鏡はなぜここを指したのか。おかしいじゃないか。人間と異世界獣が仲良くなるはずの話なのに? ありえない。虫眼鏡は壊れている。
「ヴェヴァヴェヴヴェヴィ!」
まあまあ落ち着いて、と。
仕方がない。私は落ち着いて続きを見始めた。
幹事たちが集まっている映像は終わり、一人の飼育員が出てきた。
「やっぱり、酷い」
そう思いながらも、ハッピーエンドへの期待はある。私はハッピーエンドの可能性に賭けて、この映像を見続けることにした。
***
福田修司は苦悩していた。どうにかして、キリンが毒殺から免れる方法を考えなければならない。
「どうにか、ならないんですか?」
福田は
「うむ……分からん。どうすりゃあいいだろうな」
「ひどすぎますよ……」
「どうする……?」
結局、二人とも黙り込んでしまう。
福田は外へ出て、なんとなく徒歩でキリン舎へ向かった。
すでに、いくつかの飼育舎が空になっていた。
「リリィ! リリィ……ごめん、ごめんな……何もしてやれなかった……」
ライオンの飼育舎の方から声が聞こえてきた。
――毒殺されたのだろうな。
この感情は飼育員にしか理解できない。
ライオン舎に立ち寄ろうかと思ったが、やめておいた。辛い思いをするだけだし、他の飼育員が関わるところじゃないと思ったからだ。
少し歩くと、キリン舎に着いた。
子供のキリン二匹はもう眠っていた。
「……リン、どうすればいいんだろう、俺」
メスのキリン、リンはこの状況を理解していないようだった。
いつも通りのきょとんとした眼差しをコチラへ向けてくる。
「都知事がさ、戦争で飛行機が爆弾落としてきたらヤバいからってさ、お前たちをさ……」
そこから先は何を言っているのか分からなくなった。
「くそっ、ごめんな、リン。どうすりゃいいんだ、都知事にしても防衛大臣にしても総理にしても、みんなアホだ。どうにかならねぇのか……」
俺は泣きながら床の藁に顔をうずめた。
リンは何かを言いたげに、俺の顔を舐めてくれた。
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