漆・腕通界異

 私は、引き続きこの映像を見ていた。




 ***


 リンは福田をペロペロと舐めていた。自分は大丈夫だ、というように。

 ああ、無力だ。

 福田は何もできない自分を責めまくった。

 なぜだろう。国民の反対も強いのになぜ日本は再び戦争へ突き進んでいったのだろう。アメリカの命令だからか? いくらそれでも、動物はなぜ犠牲にならなければならないのだ。人間が勝手にやっているだけなのに、なぜ動物が巻き込まれるのだ。そもそも人間の勝手で檻の中にいるわけなのに。

 人間は、つくづく勝手だ。


 貴重だった毛布二枚を子供のキリン、ギランとライフにかぶせてやって、福田は飼育舎の外へ出た。辺りはすっかり暗くなってる。

 と、その時だった。

「来た!」

「早く、シェルターへ逃げ込め!」

「くそぅ、中国め」

「キャアァァァァァ!!!!」

 ウーウーというけたたましい空襲警報が響き渡る。職員はみな、備え付けの防空シェルターへ駆けて行った。福田も防空シェルターへ走る。

 ドーンドーンドーン

 ミサイルが数発か打ち込まれたらしい。だが、シェルターの中は安全だった。


 空襲警報が鳴りやんだ後に外へ出てみる。

 すると、そこには焼け野原が広がっていた。

 全ての建物が瓦礫となっている。当然、飼育舎も瓦礫と化していた。

 職員はみんな、それぞれの担当の動物の名前を呼び、瓦礫の方へ走り出している。

 それでも、福田は呆然としていて、ただキリン舎の方へ少しずつ歩くだけだった。


 ***




「これ、大丈夫なの?」

「……」

 私の問いに、リックは黙っている。

 これ、ヤバいんじゃないの。ハッピーエンドもうダメじゃないの。ヤバいじゃん。もうみんな死んじゃてるんじゃ……。

「ヴィフォーン」

 と、リックが何かを言った。

「え? 何? もう続き流れてるよ?」

「ヴィヴィヴィ!!」

 リックは私の腕時計を指さした。つられてエマも腕時計を見ると、そこには着信ボタンがあった。

「あ、ありがと」

 私は着信ボタンを押した。


「もしもし……」

『エマ殿か? アランだ』

「アラン王子でございましたか。急用ですか?」

『急用というほどの急用かは分からないが、取り合えず例の虫眼鏡に関しての指示だ』

 うわー、私のマイナス点だ。

「それに関しての指示なら、後で受けてよろしいでしょうか?」

『なぜだ。今話さねば……』

「いや、私、今地層から出てきた映像を見てるんですよ。あの鏡の映像止められませんから。任務遂行中なんですよ」

『……そうか。なら、また後にする。早く転送してくれ。分かったな』

「はい。承知いたしました」

『切るぞ』

 と言ってすぐ、アラン王子は不機嫌な感じで通話終了してしまった。さっき生意気な口利いただろうか。

 取り合えず、私は映像を再び視聴し始めた。




 ***


 福田はゆっくり、ゆっくり歩いていた。

 と、無線が鳴った。

「はい、コチラ福田」

『これは、全員送信メッセージだ。良く聞け、皆からの報告を受けて計算した結果、今回のミサイル空襲で上野の39頭の死亡が確認された。今のところだから、これからまだ死亡した生き物が報告されるかもしれん。ほとんどは瓦礫に惹かれて死んでしまったようだ。都知事の命令のさつしょぶ……ここでは安楽死とするが、それを明日の朝から進めていく。以上、報告終わりだ』

 園長の声だった。

 ――大体40頭が死んだのか。でも、キリン舎はまだ確認していない。

 どうする。生きていても、すぐに安楽死させられるかもしれない。

 だが、多分キリンはみんな瓦礫に埋もれて、長い首から赤い液体が出て、死んで……という想像はしたくないのだが、でもしてしまう。その可能性は、まあまあ高い。


 ツーツーツー

 再び、無線の音が鳴った。

「はい、コチラ福田」

『福田か。お前、まだキリン舎を見ていないようじゃないか。早く見に行ってくれ。死亡届を都に出さねばならないからな』

「……無理です」

『……はぁ?』

「無理ですよ。瓦礫に埋もれて死んでいるリンやギランなんて見たくありません。他のキリンたちもそうなっているかもしれない。そんな姿を俺は――」

『よく聞け。お前、動物は最後まで責任を持つって言うの、ここに来た時に署名したはずだ。それを守っていないんじゃないか?』

「でも」

『話はまだある。それでも、お前が無理だったら付き添いを向かわせる。その後、お前はクビだ。それでもいいのか?』

「……」

 何とも言えなかった。こんな仕事、もうしたくない。クビになってもよかった。辞めたい。キリンから形見だけもらって。

『話は以上だ。取り合えず、今お前がいるところに奥峰おくみねを行かせる。いいな?』

「……はい」

 無線は一方的に切られた。




 少し待った後、電動スクーターで奥峰がやってきた。

 奥峰は事務方の人間だったが、それがそれが、ものすごく美人なのだ。

「こんにちは、福田さん。あ、こんばんは、かな。取り合えず、言わせてもらいます。動物の死を眺められない飼育員はもう失格ですよ。私も最初は飼育員やって、そこからなんか経理に移されたんですけど、飼育員として数匹のサルの死を眺めましたよ。悲しかったけど、これまで可愛がってやったのだから、それまでの写真とか動画をまとめて、YouTubeに公開する。その時ほど悲しいものはなかったけど、同時にやりがいを感じた。ねえ」

 話が、長い。

「とりあえず、ありがとうございます。……行きましょう」

 福田は奥峰に連れられる形で、キリン舎へ歩いていった。


 ***




 エマは、もう目をそらしそうになっていた。

 こんなつらい現実あるのか。

 ハッピーエンドは起こるのか。いや、こういう時はここまで苦しい展開で、最期はハッピーエンドってのだろうが、それでも私は信じられなくなってきた。

 福田さんももうヘトヘトだし、このままで終わるんじゃないのか。

 不安になってきた。

 それでも、私は目をそらすことは出来なかった。奥峰の言葉が妙に刺さったからだ。

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