捌・腕転異映

 マズい。私はリックから告げられて気付いた。

 あと三十分ちょっとで透明化の魔法が解けてしまうと。

 マズい、そこで解けてしまったらすぐに客に姿をさらけ出して、また捕まって、今度は刑務所行きかもしれない。もっとも、日本の刑法は知らないが。

「リック、残り五分になったら言って。その時までに終わればいいけど……。もし終わらなかったら、別の魔法使うわ」

「ヴェフォーン」

 再び私は、鏡の映像に視線を写した。




 ***


 もう、キリン舎が見えてきた。キリンの子供と親がいた舎とそれ以外のキリンがいた飼育舎も見えない。ただ、舎があったところには瓦礫が積まれていた。

「見えてきましたよ。大丈夫、きっと生きてる」

「そう、ですよね!」

 リンに舐められた時の感触を思い出して、福田は少しでも前を向いた。というよりは、隣に奥峰がいる以上、前を見るしかないのだ。


 キリン舎に着いた。まずは、子供たちと一緒にいたリンの飼育舎じゃない方、他の大人のキリンがいるところだ。

 ――ひどいな。

 やはり、瓦礫が落ちている。そのおかげで、キリンらしきものは少しも見えない。

 だが――。

「え、あ、あの、福田さん、これ――」

 奥峰が震えながら指さしたところを福田も見てみる。

 ――あ。

 なんとなく予想は出来ていたが、やはりそうだった。

「ここ、ちょっと掘ってみます」

 俺は、それが付いていた瓦礫を掘っていった。と、やはりだった。

「これ、美那子さんの足だ……。さっきの血も、美那子さんのものだろう」

 美那子さんというのは、ここのキリンの中で最年長だったキリンのことだ。

 顔は見えないが、もうこと切れたのだろう。

 他の場所も掘ってみたが、同じようなキリンの体の一部だけが見えてきていただけだった。

 成人キリン舎は全滅だった。


 ***




 エマは少し目がウルウルしてきてしまっていた。

「これ、酷くない。残ってたとしても上野のキリンは3匹だけになるんでしょ? そんなの、無いよ……」

 目を真っ赤にして、私は言った。

「……」

 リックは何も言わない。そのリックも、少し目を赤くしていた。物知りユニコーンと言えど、まだ子供だ。無理もない。

 だが、私は立派な宮中に使える大人だ。そんな私でも、ここまで泣いたのは久しぶりだ。

 本当に、人間は勝手だ。




 ***


『そうか……残念だったな。だが、まだ三匹いるのかもしれないんだろ?』

「……はい」

『なら、その可能性に賭けろ。な。だが……お前もこの一晩大変だっただろう。一度休めばどうだ……』

「嫌です」

 福田は園長に無線で連絡をしていた。

 正直、そう言われた時はホッとして、休もうと思ったが、自分でもびっくりするくらいすぐに言葉が出た。

『いいのか? お前、最初は……』

「いや、確認したいんです。もしかしたら生きているかもしれないのに。ここで一回帰るわけないじゃないですか。そんなの動物を愛するものとしてできるわけがないでしょう?」

『……ああ、そうだ。なら、引き続きよろしく頼む。じゃあな』

「頑張ります」


 というわけで、行くことにしたが、一つだけやっておくことがあった。

「奥峰さん、あなたはもう帰ってください」

「え? でも、私は……」

「今回のから立て直すための予算を考えないといけないじゃないですか。あなた経理でしょう? あんたに、さっき飼育員失格って言われたんで、失格になる前にもう少しだけやることありますし」

「……」

 奥峰は、少し黙った後、クスッと笑った。

「そうですね。じゃあ、また。福田さん、吉報を待ってますよ」

「はい」

 再び、奥峰は電動スクーターを持ってきて、事務所へ向けて走り出していった。


 福田は走って一気に飼育舎へたどり着いた。

「……」

 やはり、コチラにも瓦礫が積もっている。

「リン、ギラン、ライフ。生きてるよな……」

 何というか、祈るような独り言をつぶやいた時、何やら携帯が鳴った。

 ここはWi-Fiが奇跡的に残っていたらしく、LINEを見ることができた。

『キリンさん、ヤバいらしいね。どうにかなりますように』

 娘からのLINEだった。

 そこには福田が愛でるハムスター・エリーの映像があった。

 シェルターの中で空襲に怯えるエリーだったが、少しすると平静を取り戻し、スマホへ向かって心配そうな視線を向けた。そして、首を縦に何回か振った。

 大丈夫だ、というように。

 ――行ける。

 これを見て、福田は何かを確信した。少なくとも、一匹は生きているはずだ。

 福田は瓦礫を掘りだした。




 そして、見つけた。キリンの首と顔だ。胴体の部分は見えない。

「リン……」

 その顔の模様は、まぎれもなくリンだった。

 リンは、優しい顔をして空へ旅立っていた。

「リン……ウワァァァ!!!!」

 福田は叫んだ。叫び続けた。

「ごめん、本当に、ありがとう、ごめん、リン、あぁ、リン……アァッ!」

 訳も分からず、福田は叫んでいた。

 俺は、その一に何か目印をつけようと、思い、掘って顔が出ているところの瓦礫をボールペンで赤線を書き入れた。

 そのまま掘ると、ギランも発見された。そばには、数時間前に駆けた毛布が残っている。

 俺はまた叫んだ。

 そして、応援を呼んで掘り続けた。だが――ライフだけが見つからなかった。


 ***




 この時、エマは急いで腕時計のボタンを押した。

「魔術覚醒——腕転異映」

 呪文を唱える。と、鏡から青白い光が現れ、腕時計へ注がれた。

 私は宮中へ映像を転送するのをすっかり忘れていた。

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