参拾捌・脳知検索

「それじゃ、次行きますねー。ちょうどね、今講習会やってるんですよ。そっちに御案内します。もうすぐ譲渡会もあるので……実は今日はものすごい大忙しなんですよ。ハハハ」

 乾いた笑いの結城さん。

「そんな日に来ちゃって悪かったですかね……」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。逆にこういう時を見てもらう方が嬉しいですよ。それじゃあ、会議室に行きましょうか」


「はい、じゃあトイレトレーニングをやっていきますよー」

 担当の長身のスラっとした女性がホワイトボードに色々書きながら講習をしている。

「あれ、今ってテレビとかで色々やるんじゃないんですか……?」

「ああ、それはね。イヌとかネコのためにうちはそういうものは安物を使って、浮いた費用はそっちに充てようってことになってるの」

 へぇ、なるほど。だからまだホワイトボードでやってるんだ。ドワーフ王国の隣のピクシー帝国は最近、ホワイトボードとかコクバンっていうのとか、モウヒツとかいうペンとか、古いものが流行っているらしいが……。

「応接室のイスとかも安ーいフリマで見つけたもの。他にもね、電球とかはLEDを使ってエコ。あとはイヌネコはイヌネコでも、ゲージとかおもちゃとかはフリマとか百均のもので賄ってる。そっちの方が浮くしね。ゲージとかおもちゃとかエサは無駄に高いもの使ってもしょうがないじゃん?」

「フリマって……?」

 思わず小声でボソッと呟いてしまった。まさか、この世界ではそんなもの常識に違いない。

「フリマって意外? だよね。まあそれでも節約には便利だから……お金に困ったらやってみてください」

 そうじゃなくて! そのフリマが分からないんだって!

 仕方がない。


「魔術覚醒——脳知検索」

 島袋さんの時以来、人生二回目のこの魔法。

「フリマ」

『フリーマーケットの略』

 いや待って待って。フリーマーケットが分からないんだって!

「フリーマーケット」

『公園や駐車場などを使って、住民が不要なものを持ち寄って安い値段で販売すること。最近ではインターネットで不要なものを出すものもある』

 なるほど。いらないものだったら安く売れるのか。それは画期的なシステムだ。ドワーフ王国でも最近掘りすぎて金属とか足りなくなってきてるっていうから、これはいいかも知れない。

 もう一つ。

「百均」

『百円均一ショップ・百円ショップのこと』

 百円均一ショップってだから何よ!

「百円均一ショップ」

「さっきから何言ってんの?」

『店内で販売する商品を原則として一点百円で販売する店のこと』

 なるほど……というか、なんでこっちの世界では略称が多いのだろう。百円均一ショップが百円ショップになったり百均になったり……ややこしい。

「ちょっと、今やってるから」

「あ、すみません」


 トイレトレーニングはいつの間にか終わっていた。参加者はみんなニコニコしていて、ワンちゃんもリラックスしているご様子。

「それじゃあ、今日最後のレッスンはクレートトレーニングです。みなさんが迎えた子犬ですが、馴染みのないゲージの中に住まうことになるわけです。なので、ワンちゃんがリラックスして住むことができるように、ゲージが“安心できる場所”と覚えさせるトレーニングをこれからしますね」

 それから、様々な手順をボードにササッと書き、これをまずは飼い主とワンちゃんに二人三脚でやってもらう。

 困っている所には積極的に助言。

「ゲージの中に好物があったらそんなもの人間でも入らないわけないですよね」

 老若男女、様々な飼い主から笑いがこぼれる。


「ワンちゃんを狭いところに閉じ込めるのは可哀想と言う方もいますけど、元々イヌは洞穴とか狭い場所にいると落ち着くんですよ。なので、安心してください。家にあるゲージがまあまあ広い方やそもそも家の中に放し飼いしている方は、家の中にクレートという小さいゲージを置いても良いですよ。落ち着きますし、災害時はクレートの中に入れて運べますので」

 と、解説していると参加者の中からしわしわの手が上がった。

「あの、こっち来てもらっていいですか……?」

 おばあさんが講師の女性を呼ぶ。

「全然入ってくれないんですけど……」

「このワンちゃんは何が好きですか? おやつはあんまり食べなかったりしますか?」

「あんまりおやつは食べないというか、あまり私があげてないから……遊ぶことはものすごい大好きよ」

「そうですか。それなら、ここにあるおもちゃをゲージの中に投げてみてください」

 プゥプゥとなるボールをおばあさんに渡す。

「はい」

「キャンキャンキャン!!」

 不安そうに固まっていた白いマルチーズは途端に口角を上げ、ゲージの中に入った。

「あとは、人懐っこいイヌなので思いっきり撫でてあげてください。この機会に少しずつおやつも上げてみましょう。ご褒美の。これがあったらいろいろ便利なのでね」

「ほれほれ、偉い偉い! チーちゃんは偉い子だねぇ」

 お腹や背中、首を思いっ切り撫でまわすおばあさん。

 チーちゃんと呼ばれたマルチーズもキャンキャン! と答え、おばあさんの手をたくさん舐める。

「いやぁ、もう大丈夫。ありがとうね」


 講習会が終わると、たくさんの人から声を掛けられていた。

「おかげさまでもう本当に、どんどんこの子と仲良くなっていく感じがして……」

「どんどん心の距離が近くなってます。すぐゲージに入るようになりました」

「ゲージが怖がってたうちの子がウソみたいです……」

「もうね、来てよかった。これからも講習会来ますよ」

「本当に教え方が親切で……美人さんなのでうちの子も気に入ったみたいです」

「キャン!」

 ――良いところだなぁ、アニマルセンター。ただただイヌネコを収容して殺すところじゃないんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る