参拾漆・魔絆映写
「動物愛護センターの役割はいくつかあるんです。まずは捨てられてしまったりした動物を保護すること。次にその動物を譲渡すること。ドッグランなどの動物と参加できるイベントを実施すること、そして最後に、たくさんの人に動物のことを知ってもらうことです」
結城さんは五本指を折り曲げながら言った。
「あとは他に、時々ですけど迷子のワンちゃんやネコちゃんを探すこともあります。うちには様々なものから迷子の動物を探す“ペット探偵”がいるんですよ」
「ペット探偵って……」
「迷子の動物が残した様々な痕跡を追って、その動物の生態などからいる場所を特定していく仕事のことです」
結城さんは丁寧に解説してくれた。
「うちには大阪府にいくつかの支所があります。都会の方にも田舎の方にも、北から南まで全部で四つ。この支所でも動物を預かっています」
「そして、仕事も役割が分かれています。うちには国内最大規模の百人弱もの人間が勤めていて、飼育担当はペットショップと変わらないようなものですね。普通に犬や猫と遊んだりエサをやったり健康管理をしたり……」
ふんふんふんふん。
「あとはですね、イベントの運営スタッフ。譲渡会だとかドッグランだとか様々なイベントを企画する人材が数人。そして、犬の保護や譲渡を受け付ける人材が数十人います。ここが大部分ですね。他には、清掃担当や経理担当、医療スタッフなどがいますね。あ、ペット探偵は他の役割と兼務です。うちは知事の方針で様々なプロフェッショナルが集まっている、全国的にも珍しい場所なんですよ」
へぇ……。
「一番辛いのが処分の担当です。大きいだけにどうしてもたくさん犬猫がいて、一週間に数匹のワンちゃんやネコちゃんは残念ながら殺処分されてしまいます。なぜかガス室が設置されていて、処分されるイヌやネコはガス室で窒息死されます……ハァ」
自然と暗い顔になり、深いため息をつく結城さん。隣の璃子さんも深刻そうにウンウンと頷いていた。
「何で無くならないんでしょうね。こういう処分されるイヌやネコは……神様に与えられた命が何で人間の都合で……」
「結城さんはキリスト教徒なんです」
璃子さんがそっと補足する。と、言われても“きりすときょうと”とは何なのか私にはさっぱり分からない。
しばらく結城さんが色々愚痴をもらした。
「うちは大きい施設がゆえに京都とか兵庫とか奈良とか、他府県からも保護しきれなくなってしまったイヌやネコが入ってくるんですよ。出来る限り保護しようと頑張ってるんです。イヌやネコが飼えるすらっふには何匹か引き取ってもらったりしています。それでも限界があるんですよね……何と無力な」
くぅ、っという声を出して、安物の机をバンとゲンコツで叩く結城さん。
――よっぽど自分の仕事に誇りがあるというか、それ故になんだろうな……。
「ごめんなさい、僕ばっかり。ひとまず、大体ここでやることは理解していただけましたか?」
「あ、はい」
「それじゃあ、取りあえず施設を案内しますね」
ここで、スマホを起動して、ビデオ撮影を始める。
「魔術覚醒——魔絆映写」
これでセンターのことがドワーフ王国に伝えられる。
「結城さん、カメラ回しますね」
「はーい」
「まずはここですよね。飼育スペース」
今、私はさっきの通路の外側、つまりワンちゃんがうろつくスペースに身を置く。
「さっきも言いましたけど、ここはホントにペットショップの人間とあんまり変わらない業務ですね」
「キャンキャン!」
「ワンワンワン!」
「クゥーンクゥーン」
「ギャンギャン! グルルルルル」
三割懐いてくれる。そして、七割はさっきのことを覚えているのか、威嚇してくる。
「こんにちはー」
ちょっと声を掛けてみるが、当然丸くなる可能性は見えない。
そっと撫でてみようとするが当然逃げられる。追いかけるとさらにうなられる……。
「エマさんエマさん。これね、落ち着いて犬の方から寄ってくるのを待つのが良いんですよ。いきなり撫でても、特にこういう警戒している子たちにとっては逆効果だからなぁ……」
璃子さんがそっと言ってくれる。
「まあ、そんなこと言っても今はそれより前に次のとこ行きますか。大体仕事は分かるでしょ。エサあげたりとかそんなので……はい、じゃあ次コールセンターに行ってみよー」
コールセンター、と言ってもエマが想像するようなたくさんのオペレーターが並び、ひたすら電話をする部屋ではなかった。
十数人ほどの人が何やら事務仕事をしている。
――そういえば、ドアには“経理部”って書いてあったな……。
「コールセンターって言ってもね、ここは経理の人たちが詰める部屋なんですよ。ここでエサ代とかおもちゃ代とか維持費とかそういうのを計算してるわけなんですよ。あとは、府からの支援金とかそういう交渉もここがやってくれます。それでまあ色々決算書とかまとめて……まあ、やることは普通の企業の経理部と一緒です。ただ、違うのが二つあって。彼らは電話がかかってきたらすぐ取って、要件を確認してそれぞれの部署に流してくれるっていう管制塔みたいな感じですね。うちは総務部が無いので経理部の二十人ほどがやってくれてます。それと、まあ経理部に限らずなんですけど、暇な人はイヌやネコの散歩をしてくれていますね」
へぇ……。
というか、けいりぶというものがお金を扱う部署だというのもここで初めて知った。
トゥルルルルルルル……。
「はい、もしもし。おおさか新生アニマルセンターです。はい……迷子のイヌですか? 犬種と年齢、性別、いなくなった時刻、そしてお名前と住所をお伺いしてよろしいでしょうか。……はい、オスの柴の成犬で、昨日の夜八時ごろですね。分かりました。田中さんのお宅に、うちの詳しいスタッフを送りますので、少々お待ちください。イヌを迎える準備だけ、よろしくお願いします。……はい、料金は発見にかかった時間やイヌがいた距離で変わります。大丈夫です、そんなに高くはありません。他に質問はございませんか? ……はい、それではお待ちくださいね。絶対に、見つけて見せますから」
日本人は良く働く。
そして、最後の言葉ほど心強いものはないだろう。
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