弐拾玖・死共家族
「えぇ? 気を失ったはヤバいでしょ……どうすんの?」
「ヴィー」
「あ、ごめん」
リックに静かに、と睨まれ、エマは黙って続きを見ることにした。
これを見ていたら、ニカをどうにか助ける手段があるかもしれない。
***
心造が来て、聴診をしている。その間に宝屋は電話を掛ける。
「もしもし? 米田さんですか? 牧島動物病院です」
「あぁ、はいはい。こんにちは。どうしたん? なんかテンがやった?」
「米田さん、そんなのんきなこと言っている場合ではありません。落ち着いて聞いてくださいね。今、テン君が吐いて咳して気を失っています。今、院長が診ています。もしかすると危ないかも知れません。今、大丈夫ですか? 急いで御来院ください。テン君を見舞ってやって……あ、いや、忙しかったら大丈夫ですが、本当に危ないかも知れないので、テン君のためにもお願いします」
心造から注意されたことを思い出し、少し言い直す。
「倒れたん……テンが? あんな元気やったテンがか? ウソやん。そんなわけないやろ。ウソやって言ってくれ。頼む」
「……残念ながら、事実です」
「ホンマか? ようわからんけど、すぐ行くわ。この時間はあんまりなんもないからすぐ行ける。それまでに、どうか、どうかよろしくお願いしますよ……」
「分かりました。出来る限りの治療をさせて頂きます。いや、救って見せます」
「頼むで。ほな」
緊迫した声で通話は終了した。
「宝屋君! マズい、もうダメかもしれない。心拍数が落ちている。酸素を注入しても厳しいだろう。おそらく腫瘍がかなり圧迫しているのだろう。手術しても恐らく遅い……頑張ればできるが、それは英秀さんの判断だろう。ひとまず、頑張ってくれ、テン君。今から人工呼吸を施す」
心造はテン君の口を閉じ、鼻に参秒ほどかけてゆっくりと息を吹き込む。それを数回繰り替えした。
十分弱ほどで米田さんは来た。難波から天王寺は近い。恐らく電車で来たのだろう。
「テン! 院長先生、テンはどこにおる?」
「安心してください、ここにいます」
「テン! お前、大丈夫か? ……気失っとるんか……おぉい、起きてくれ! テン! 院長先生、今テンはどんな状況なんですか……助かるんですか……」
「それについては、誰よりもテン君と寄り添ってくれたコチラの動物看護士、宝屋からご説明させて頂きます。私はその間治療に専念します。どうぞ、小会議室へ」
「え? 私?」
思わぬ御指名に宝屋は戸惑い、自分を指さした。そうだ、早くやれと心造が目で促す。
「ええ、米田さん。コチラへお願いします」
心造が指定した小会議室へ米田さんを連れて行く。と、その時、心造から手に何か握らされた。
「え? ……分かりました、院長、任せてください」
「頼む」
「それでは、コチラへどうぞ」
宝屋は米田さんを案内した。
それから、会議室で米田さんと向かい合い、今の病状を伝えた。それと、これまでテン君と色々遊んできたこと。
「手術をすることもできますが、何よりお金がかかりますし、やっても絶対助かるとは言い切れません。どうしますか?」
「……手術費、何円やったっけ」
「百五十万円ほどになると思いますが……」
「さすがに無理やな……ちょっと厳しすぎる。まけてくれへんやろうか。いくら繁盛しとる言うてもな、百五十万も無いねん。それ以外、テンを救う方法はないやろか」
「……手術以外となると厳しいです。腫瘍も大きくなっていますし。どうしますか? するかしないか」
「……」
米田さんは沈黙した。
「どうにか、ならへんかな……」
「一つご提案させていただいてもよろしいですか?」
「なんや。ええ方法があるんか?」
「今回手術しても、腫瘍が取り除けるのかというとそれは分かりません。五分五分でしょう。成功したとしても、テン君はもうおじいちゃんです。先は長くありません。それでも、手術をされるというなら咎めはしません。その場合、手術費に関してはうちの病院も苦しいので安くはならないと覚悟しておいてください」
「結局手術の話やないか」
「そこでです。テン君の気持ちになって考えてみてください。長い間一緒に過ごしてきた家族の膝の上で最期を迎えるか、それとも病院で最期を迎えるか。苦しい手術をして少し命を永らえ、苦しみながら死ぬのと苦しまず家族の周りで天国へ旅立つのか。どちらがいいと思いますか?」
「……そうは言っても、少しでも長く生きて欲しいしな……」
「テン君は米田さんを心から愛されていました。時々テレビ電話繋ぎますけど、そのあとはずっと出してくれー出してくれーってバタバタするんですよ。私の勝手な意見ですけども、テン君は最期は家族と迎えたいのではないのでしょうか」
「そうかもしれへんけど、生き物やから長く生きることを望んでるんちゃうかなぁと思うんやけどな……それでも手術がな……」
「少し、考えておいてください」
と、電話がかかってきた。
「……はい、そうですか。……米田さんは今悩んでますけど……分かりました。伝えます」
電話を切る。
「テン君の状態が少しだけ安定してきたそうです。ご自宅に帰るのは今しかありません。どうしますか?」
「……分かった」
と、米田さんは苦悶しているが、覚悟のこもった口調で言った。
「テンの幸せを考えるなら、あんたの言う通りやと思う。手術費も払えんしな……」
そう言って、少し悲しそうな表情をした。
「分かりました。そのように伝えます」
***
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