大八木牧場
肆拾壱・野生飼慣
ホテルへ帰り、夜ご飯を買おう……と思ったが、『難波の力持ち』のお好み焼きがあると思って止めた。
「お帰りなさいませ。今日もご宿泊なられますか?」
「あ、はい、お願いします」
「承知いたしました。良い睡眠がとれますように」
フロントの男性はやっぱり親切だ。彼は相当モテるんだろうなぁとエマは思う。何より、どこでも日本の人は良く働く。ホテルでも、アニマルセンターでも、動物病院でも、鉄道でも、飛行機でも、飼育員でも……。
「ただいまぁーっ」
キレイに整えられた部屋。
いつ見てもこれには違和感しかないかもしれない。
ドワーフ王国のホテル――というか旅館はわざわざ一回一回キレイになんてしてくれない。自分で全部後片付けまでやるわけだ。
もちろん、その文化は嫌いじゃないけど、日本の美意識と言うかなんというか、ものすごく惚れ惚れする。
ハウスキーパーって言うんだったっけ。これもドワーフ王国に持ち帰ってみよ。
「さぁてと、頂きまーす」
私は荷物をベッドの上へ放り、手を洗ってから冷めたお好み焼きを食べることにした。
「ヴェッフォーン!!」
お好み焼きのにおいを嗅ぎつけたのか、リックが猛スピードで飛び出してくる。
「クゥーンクゥーン、クゥーンクゥーン」
そして、この車椅子の子はクレートという箱から出してやることにした。
何を隠そう、ここはペット同伴可能のホテル。
クレートはイヌが入らないことも多いらしいが、やはりさすがは新生アニマルセンター。しっかりとトレーニングされている。
「そうやさ、リックさ、どうやって隠れたの」
「ヴィフッ! ヴェフィフィ?」
ピューんと私の耳元へ飛んできて、小声でささやく。
「ヴェフヴェフヴェフヴェフヴェフ……」
なるほど、彼は私が上野動物園で使った「布覆透体」を使ったらしい。この魔法はマントで身を覆うと一定時間透明化してくれるというものだ。
「ヴェフヴェフヴェフヴェフヴェフ……」
何々、理由はイヌが怖かったからだという。
「キャン!」
「ヴェッフォーン! ヴェフ! ヴェフ! ヴェフ!」
ミニチュアダックスフンドが一声発するとリックは涙目になって悲鳴を上げ、ベッドの中へ隠れてしまった。
「ったくもー」
「さぁてと、まずはあなたと仲良くならないとね」
璃子さんから教えてもらったイヌと仲良くなる方法を試すことにした。
――そういや、イヌって鼻が良いんだっけ。
だから、リックのにおいを感じたチョコちゃんはリックを……ってことなのだろうか。
――ま、そんなことはどうでもいいことだよね。
まずは、ワンちゃんが近づいてくるのを待つ。
璃子さんによるとこの子は結構人懐っこい子らしい。車に撥ねられてしまって後ろ足を折って車椅子になったそうだが……。
カラカラカラ
イエローのかわいいタイヤが早速回った。
「クゥーンクゥーン」
「これからよろしくねー」
優しく声を掛け、手のひらをワンちゃんの鼻の近くへ出す。こうすることでワンちゃんににおいを覚えてもらうのだ。
クンクンクン、とミニチュアダックスは私の手のひらのにおいを嗅ぐ。
――いいにおいだったかな?
どうやら安心してもらえたっぽい。
次はそっと首の下辺りを撫でる……のだが。
「クゥーンクゥーン」
ますますこっちに接近し、なんと私の手の甲を舐めて来てくれたのだ。
「クゥーンクゥーン、クゥーキャンキャン!」
結構元気に吠えてくれた。確かこの子は女の子だったっけ。元気で何よりっ。
「キャンキャン!」
ペロペロペロリ。あぁ、かわいいカワイイ。
「待って待って、名前つけないとダメだよね? 何がいいかなぁ。リックー、何がいいと思う?」
「ヴェフ?」
ベッドの掛布団の中から返事が返ってくる。
「この子の名前」
「ヴェ……?」
――これ、考えてないな!
明らかにミニチュアダックスフンドにビビってるでしょ。
「まあいいや。黒と茶色と白のブチ模様だから……」
ブチ、じゃあ面白くないなぁ。
講習会とかで聞くに、日本ではイヌの名前にスイーツとかの名前が多いらしい。
うぅん……。
「あっ!」
と、思いついた。
金属製品などが特産品で、他に大したものがあまりないドワーフ王国だが、一個だけものすごい美味しいものがある。いや、他にもたくさんあるけど目立つもので。
「マカロン、なんてどう?」
「キャンキャンキャン!」
茶色、白、黒のマカロンがある。黒のマカロンはコショウとかが上手いこと使われていて絶妙に美味しい。こっちの世界にはマカロンはないのだろうか?
「ま、いっか。じゃあ、あなたの名前はマカロンね!」
「キャンキャン!」
と、車椅子を付けたミニチュアダックスフンド改めマカロンは私の手を持って立ち上がった。
抱いてくれ、って言うように。
「よぉしよぉし」
懐くの早いなぁ、マカロンは。
ペロペロペロペロペロペロ、ずっとマカロンは私の頬を舐めてきてくれた。
「ヴェフォーン、ヴェフォーン」
と、布団の中から声が聞こえた。
「どした? ほら、出てきなよ」
「ヴェフ、ヴェフ」
無理、無理と。
「分かったよ……」
仕方なく、エマが布団に飛び込む羽目になった。
「ヴェフヴェフヴェフヴェフヴェフ……」
かすかに聞こえてくるリックの声。
「あ、一応やっておくか……ありがと、リック。頼むから早くマカロンと仲良くなってよ」
布団から降り、床をウロウロしていたマカロンを抱く。
「魔術覚醒——野生飼慣」
マカロンの瞳を見つめて、呪文を唱える。ピカーッと少し光った後、何事もなかったかのように走り出した。
これで、完璧に自分の仲間。というか、別にそんなことしなくても仲間なのだが、ドワーフ王国の環境とかに対応できる体になった。
「そういえば……」
この魔法を前に使ったのは沖縄の海。唐突に、私は小さなかわいいカニを思い出した。
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