肆拾弐・魔切符造
さて。そろそろチェックアウトの時間だ。
「マカロォン、行くよぉ」
「キャンキャン!! キャン、キャンキャンキャンキャン!!」
マカロンはピョーンと飛びついてくる。
「ヴェフ!」
そして、リックが「僕もー」というように吠える。
「はいはい、リックもね」
と、リックを抱き寄せてやろうとすると、マカロンが怖いのか、フワフワと逃げていく。
――全く、ややこしいなぁ。
「さーてと。ちょっとさ、あれ探さないといけないでしょ。チェックアウトまであと一時間なんだからちょっと急がないと」
アレ。例のアレだ。
私はカバンから取り出したものをクルクルと広げた。
「マカロンは初めてだよね。ほら、これ。秘密道具、むぅーしーめーがーねぇー!」
「……ハッハッハッハ」
多分良く分かっていないが、何か早く早くと急かしているかのように息を吐く。
愛らしい。ひたすら愛らしい。ホントに。
「じゃ、行くよ……」
現在地の大阪府からグワーンと縮小して、日本列島全体が見えるようにする。
「キャンキャン! キャン、キャンキャンキャンキャン! グルルルルル……」
見慣れない謎の地図に混乱しているのだろうか。
どうにもならないのに、マカロンは地図に向かって威嚇する。
――いや、別に大丈夫だから……。
沖縄から九州、四国、広島、京都、名古屋、石川、長野、東京、栃木、新潟、福島、宮城、秋田、青森、そして――。
「来たっ!」
オレンジに光ったのは北海道というデカい島の南に突き出た半島だった。
「ここ、なんていうの、リック」
「ヴィヴァヴァ」
ひだか。
「どう書くの?」
漢字を知っておかないと、後々困ることになる。
リックはどこから取り出してきたのか、ボールペンを口に加え、またどこから引っ張り出してきたのかチラシの裏側に汚い字で「日高」と書いた。
「なるほど」
「キャンキャン!」
「ヴェフゥゥゥゥゥー!!」
マカロンの一声でリックは退散した。
十時に、ここに来た時も利用した伊丹空港発の新千歳空港行きの航空券を購入、いや、魔切符造で製造し、準備万端でチェックアウト。
「今は八時……あと二時間かぁ。一時間ぐらいでここから空港まで行けるから、残りの一時間は……どうしよっかな」
「キャンキャンキャンキャン!」
マカロンのためにエサでも買いに行ってやろうか。
それとも、観光でもするか。
「つうてんかく」なるものはとてもすごいところだとホテルに書いてあった。滑り台とか……。
「ヴェフ、ヴェフヴェフ」
ダメダメ、とリックの声がポシェットからかすかに聞こえる。
「何で?」
「ヴェフ、ヴィヴィヴァヴァペッツショッフ」
行くならペットショップにでも行け、と。
リックによると、そこから店員の体験談でも聞けばいいと。
「そうする? マカロン、ご飯も欲しいしねぇ……」
「キャンキャン!」
と言いつつブラブラ歩いている。と……。
トゥルルルルルルルル……
電話が鳴っている。
「はい、もしもし?」
『あ。もしもし。牧島動物病院でございます』
「えぇっ? 何で?」
よく考えると、声は多分、あの時応対してくれた看護師さんだ。
『今、私共で保護している動物がいるんですけどね、その動物の飼い主さんがどうやらエマさんだと言う結論に至りまして。それで、前教えてもらった電話番号にお掛けした次第です』
「保護している動物って……」
頬に緊張が走る。
かすかに、手ごたえがあった。
前と同じように歩いて行く。
と思ったが、せっかくだからマカロンの散歩ついでに走っていくことにした。
「待って、待って、ホントに、待って、マカロン……」
リードと言うらしい紐を付けずにただひたすら走っているマカロンに私は到底追いつけない。
「道分かるの?」
「ハッハッハッハ……」
分かれ道でやっとマカロンは止まった。
「……待って。ホントに。早すぎるから。ちょっとぐらい待ってくれても、ね?」
「……クゥーン」
黒くて丸い鼻がヒクヒクと動いている。璃子さんからの情報の通りだったら、恐らく知っているにおいがないか、目的地への手掛かりがないかと探っているのだろう。
「着いてきて、こっち」
動物病院がある路地に入る。
――と、またまたマカロンが走り出した。
「待ってってば!!」
もう走れないくらい足は疲れている。それでも自然に足が高速回転するのは、確かに私を待ってる生き物がいるからだった。
「……ハッハッハッハッハ」
かなり走ったからか、マカロンは舌を出してお座りして待っていた。
「……良く分かったね」
だが、良く考えると当然なのかもしれない。
この病院にいるのなら、私のにおいがあってもおかしくない。そして、魔法がかかった動物のにおいも。
――待っててね。
カランコローン
「あ!」
前の看護師さんがドアの前で待っていた。
「エマさん! お待ちしていましたよ! さ、さ、こっちに来てこっちに来て」
エマには何も言わせず、私の手を引いて部屋に導いてくれる。
「あれ、イヌを飼ったんですね。なら、気をつけてくださいよ? 同じことになったらいけませんからね。ほら」
「あぁ、こんにちは。この人が飼い主さんなんやねぇ」
まあまあ年を取ったお医者さんが椅子に座っている。その膝には小さなゲージ。
「エマさん、この子で間違いありませんよね?」
さっさ、と看護師さんは白い虫かごのようなゲージを手に取り、そっと扉を開ける。
「あ、あぁ……」
「ヴェフ! ヴェフヴェフ」
私は声が出なくなった。
リックはカバンの中からしきりに吠えている。
バレるだろ! と叱りたいが、そんなことよりも目と心が、看護師さんに手のひらにいる小さな生き物に向けられていた。
「ニカ、生きてたんだね」
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