肆拾・転送完了
黒、白、茶色の三色で構成された胴長の体。ハッ、ハッ、ハッと息を吐いてキラキラの目でこっちを見てくれている。ものすごい尻尾の振りよう。ってことはものすごい私に出会えて嬉しい……?
――ところで、なんで車椅子? 事故でもあったのかな……。
黄色い足に固定されたそれはコトコトと音を立てながら小刻みに回っている。
「おーい、エマさーん、早くー」
璃子さんは笑いながらこっちを呼んだ。なんとすでにもう彼女たちはセンターの入口まで来ているじゃないか。
「あ、待って下さーい」
また後でね、とダックスに小さく声を掛けてからエマは走り出した。
机の上に何枚かの書類を用意した璃子さんは説明を始めた。
「では、今からご説明させていただきますね。まずは、人間の都合で勝手に居場所を失ってしまったワンちゃんを救って下さって、本当にありがとうございます。ワンちゃんもものすごい喜んでいますよ」
ズキュンと私の胸に刺さったその言葉。何とキレイな言葉なのだろう。しかも、そのテリアのワンちゃんはすっかりその女の子になついているのか、膝の上で目を細め、尻尾をブンブン降りながらその子の腕を舐めていた。
「それじゃあ、これから譲渡契約書を作りますね」
その書類にはいくつかの欄があった。里親、元親の情報や契約日時、そのペットの詳細、譲渡方法、譲渡条件などなど……。
「まず、里親さんの情報を書いてもらいますね。元親さんは分かってない子なので……」
そこから色々璃子さんが説明していく。
「それから一番大事なのは譲渡条件です。大切に飼育することみたいな誓い? みたいなのを書いてください」
「誓い、ですか。うぅん難しいな……」
「この子のことをいっちょう幸せにします! とかは?」
と、急に女の子が口を挟んだ。こっちの世界の子はこの年齢でこんな言葉を知ってるんだ……。
――てか、“いっちょう”じゃなくて“いっしょう”!
「あ、じゃあそれにします……」
やはり母親は流れるようにキレイな文字を書きあげてしまう。
そこから、また色々と手続きが進んでいったが、エマの頭の中にあるのは他でもない、瞳を輝かせる黄色い車椅子のミニチュアダックスフンドだけだった。
譲渡会は順調に進み、璃子さんは三時になって途中交代で帰ることになった。もちろん私も。
午前中にスマホを起動して撮った映像は何とかここで完結だ。
――もうパワーストップまで残り少ない……昨日充電しててよかった。
「あ、そうか、もう帰るんですね。お疲れさまでした。エマさんも今回はありがとうございました」
と、結城さんが赤い紙袋を持って出てきた。
「あの、これお土産です。中身はね、動物が入ったチェキです」
「え、あぁ嬉しいです! コチラこそ今日一日色々ありがとうございました」
やはりセンター長は忙しいようで、手を振りながら小走りで施設へ戻っていった。彼は誠に好印象な男性だった。
――ところで、チェキとは?
森の道を通り、駐車場へ向かう。
途中でたくさんの子供連れや老人、若者とすれ違った。彼らも譲渡会に行くのだろう。ペットショップ並みの人気にエマは驚いた。
「さぁてと……」
車のカギを開けた璃子さん。中からチョコちゃんがピョーンと飛び出してきた。
「え? ずっと車の中で待ってたんですか?」
「いやいや、まさかまさか。知り合いに預けてたのよ。いつもは一緒に連れてくんだけど、今日は忙しいからね……」
なぜか璃子さんはかなり大きな箱を持っていた。しかも、時々ガタガタと揺れている。
車の中に乗ると、やはりというかリックがいないという寂しさを感じた。
――本当にどこ行ったのかな……。
私のことが嫌になって逃げたとか……まさか、そんなことはないと信じたいけど、無いとは言えないかもしれない。
「はぁ……」
「ん? 溜め息どうした? 溜め息ついたら幸せ逃げますよー」
「いや、大丈夫大丈夫。ちょっと疲れたなぁって」
「そう」
ニヤニヤしながら璃子さんは車を出した。
「キャンキャンキャンキャン!」
と、前の席からチョコちゃんが飛んでくる。
「おぉチョコちゃん。久しぶり。何時間ぶりかな?」
チョコちゃんは私の頬をペロペロと舐めて頬ずりしてくれた。
――こんな子がいつでもいる生活っていいなぁ。
チョコちゃんはエマの膝から降り、隣の席へと歩いていった。と――。
「キャン!!」
チョコちゃんは急に飛び上がり、空気をベシッと叩いた。
――何やってんの?
答え合わせがされるのはあっという間だった。
「ヴェフォーン!!!!」
と、今度はリックがフワフワと落ちてきた。
「えぇぇぇぇぇぇー?!」
今までどこにいたのよあんた! と叫びたくなるが、目の前に運転中の璃子さんがいる。すでに叫んだけど、これくらいに……。
「——やっぱりか。すごい、ユニコーンかぁ」
璃子さんはハンドルに手を添えながら、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
急遽コンビニの駐車場に車を止め、話をする。
「さぁて、この子はだぁれ?」
今、どこからか再び現れた小さいユニコーンは若い女性に鷲掴みにされている。
「ええっと……」
「あなたはどこから来たの?」
「え……」
気持ち悪いほどの笑みを浮かべた璃子さんは矢継ぎ早に様々な質問を繰り出してくる。
どれにもあー、とかいー、とかうー、とか曖昧な返事を繰り返していると、璃子さんは表情を崩し、ふぅと溜息を洩らした。
「私さ、来る時に行ったよね。敬語とため口が混ざって、友達なったらずっとため口って。今さ――」
バッと彼女は私の手を握る。
「もうね、あなたは友達なのよ。動物を愛する親友。だからさ、全部教えてよ。さっきから怪しいことばっかだったじゃん?」
璃子さんの表情は真剣だった。
「……分かり、ました。全部話しますよ。いや、全部話すね」
私がドワーフ王国から命令できたこと、リックは異世界獣ってこと、魔法が使えること、他色々……。全てを洗いざらい吐いた。
「……なるほどぉ。そういうことね……面白いじゃん。SNSに写真投稿しようかな……」
「いや、止めてくださいよ?」
「ジョーダンジョーダン。誰にも言わないって。言っちゃダメなことでしょ?」
うんうんとエマは頷く。
「じゃ、言わない。なら、次も他の場所巡るわけだよね?」
「うん」
「……なら、新しいお供を付けましょう」
新しいお供?
と、璃子さんはついに車を降り、トランクを開けた。例の巨大な黒い箱。
「ほれ。行けぇ」
という掛け声で箱を開けると……。
「クゥン、クゥン」
「え。……えぇぇぇぇ!!」
何とそこには、ずっと頭の片隅に引っ付いて離れなかった車椅子のミニチュアダックス!!
「友情の印。それと、動物愛の印ね」
パチッとチャーミングなウインクを決めてくる。
「……あ、ありがとう! 璃子さ……璃子ちゃん!」
「どういたまして」
理由は分からないが、しを抜いて璃子さんは返してきた。
「クゥーンクゥーン」
今は少し警戒しているこの子も、じきリック達とも馴染んでくることだろう。
「じゃ、帰ろっか。車出すよー。そうだ、エマさ、私とこっちの二代目チョコの出会いの話とか聞きたい?」
「え! めちゃめちゃ聞きたい!」
親友となった二人と家族となった犬、そして帰ってきたペットと拾われた茶色の子犬を乗せた黒いワゴンは賑やかに道のりを走っていった。
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