拾伍・野生飼慣
しばらく、おじさんの怒鳴り声が聞こえた。それは、まだ延々と続いている。
「これで何度目だ? お前は……」
私は、しばらく足を水につけていたから、そろそろ冷たくなってきた。と言っても、沖縄の海だ。もう少し入れる気がする。言うなら、子供と一緒に泳いでたい。
「ヴェ、ヴィヴィ、ヴェ!」
リックがいけすの方へ行こうという。
「え、いやだ。もうちょっと遊んでたい」
「ヴァ?」
リックは、私の気が抜けた感じにビックリしているようだが、気を取り直していった。
「ヴェフォーン、ヴィレ、フォ、ヴァー!」
なるほど、あそこが絆発掘できるところだと。
あそこに、自然と人間の関係が写されているところがあるのだと。なるほどなるほど……。
「でも、もうちょっと泳いでいたい」
「ヴァヴォカ!」
アホかとまで言われてしまった。絆発掘ね、確かにそれも重要だけども、私には二コラ王太子とデートをするという目的がある。……待てよ?
「て、えぇっ?!」
エマはやっと事の重大さに気づいたのだった。
私は波をバシャバシャさせながら陸に上がる。
くうっ、この波の抵抗が辛い。
「あ」
必死に陸へ走っているうちに、気づいた。素足が砂についている。
「……ビーチサンダル、どこへ消えた?」
振り返ってみると、ビーチサンダルは裏側を向いて、フワフワと私がさっきいたくらいのところを浮いていた。
「ふざけんなぁっ!」
思わず私は叫びだしてしまった。
キレて叫んだ私に周りの客がビックリしてこっちを向いていたが、そんなこと知ったことではない。エマは、再び引き返さねばならないという現実を叩きつけられ、仕方なくビーチサンダルを取りに向かった。
もう嫌だ。早くたくさん回収して、二コラ王太子に報告せねばならないというのに。
「あれ? 無い?」
浮いていたと思われるところまで来たが、ビーチサンダルが無い。どこにも浮いていない。
「……何でだろう」
リックは退屈そうに浜で待ってる。と、何か思い出したようにリックは飛び立った。賢く透明マントをかぶって。いけすへ向かうようだ。
「お~い、リックー!!」
今気づいた。リックにビーチサンダルを取ってきてもらおうと考えたのだ。こき使うようになってしまうが、空からの方がすぐ見つかるだろうと思ったのだ。あの子賢いし。
でも、リックはもう消えてしまっていた。
仕方なく、私は浜へ引き返す。ビーチサンダルが無かったら人生が終わるわけではないのだ。代わりの靴など魔法で作ればいい。
と思って、もう浜がすぐそこの浅瀬まで帰ってきた。
ここからすぐにいけすへ向かわねばならない……と思った時のことだった。
「いったっ!!」
急に何かに足を挟まれた。
エマは片足を上げた。
うわ、かなり腫れてる。血は出てないけど。
この世の全てが理不尽に思えて歩き出そうとした時、何かを蹴った気がした。澄み切った水だから、砂の少し奥まで見ることができる。砂から、ピンク色の何かが出ていた。
そこに私は手を突っ込み、手に触れたものを引き上げた。
「魔術覚醒——野生飼慣」
エマは浜に上がり、目の前にいる小さな生き物へ向けて呪文を唱えた。
目の前の生き物——カニは、光、しばらく静止した後、おとなしくポシェットへ入っていった。
「このカニ、役立ちそう。気が利くねぇ」
その経緯はこんなものだった。
***
砂に手を突っ込み、引き揚げたものはなんとビーチサンダルだった。とても近くに埋まっていたではないか。
エマは落胆したが、次の瞬間、目を丸くした。
ビーチサンダルの先にカニがくっついている。しかも、そのカニはビーチサンダルを挟んでいるのと反対のハサミで虫眼鏡を挟んでいた。
「えぇっ?!」
このカニ、ビーチサンダルを盗んだのだろうと勝手に思い、激怒する直前に虫眼鏡を見た。
その虫眼鏡は正真正銘、私のポシェットに入っていた王室に伝わるあの虫眼鏡ではないか。
「……あなた、天才だね」
***
という経緯で、私はカニに呪文をかけ、自分の仲間にし、いざという時は何かを命じる召使いのような存在にするつもりだった。
「名前は……ニカでいっか」
カニを逆さまにしただけの名前だ。でも、ニカって笑顔とかイメージされてきて、いい感じがする、気がする。笑顔がイメージされるのは私だけかもしれないが。
「ニカ、ヨロシク」
ニカはポシェットから出て来て、軽くうなずいた。そのニカは、ポシェットをハサミで指した。
何か伝えたいことがあるのだと思い、ポシェットを見ると……。
「やっぱニカ、天才だわ」
ティッシュとか虫眼鏡とか、散乱していたものが見事に整頓されていた。
エマは昔から整理整頓が大嫌いで、そのせいで物が無くなる事態が王宮でも多発していた。今回虫眼鏡が無くなったのも、整理ができてなかったのが一つの要因だろう。
――こやつ、使える。
私は、取り合えずいけすの方へ行くことにした。
ゆーっくり、ゆーっくりといけすへ向けて歩いていく。
何でも知っているユニコーンジュニアは知識で道を大体理解して、すいすいと飛んで行ってしまうが、私には羽が無いうえに、方向音痴な一般人だ。
そこで、ここら辺の地理にも多分詳しいはずの人材、いや、蟹材にお願いすることにした。
「……」
終始無言のニカはのっそり、のっそりと道案内をする。
エマはそれに、これ本当に大丈夫かな、と不安を抱くのだった。
三十分は多分過ぎた。沖縄の空の下、ゆっくりと歩き続けてやっと、いけすと小さな小屋が見えてきた。そして、その小屋の屋根の上には、リックがお昼寝をしていた。
「あ、リック! 何やってんの……」
「お前ら、何をしておる?」
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