拾陸・水酸補泳

 ビクッとして、屋根の上のユニコーンから自分の目の前へ視線を移す。

 と、そこにはおじさんが背景に炎が見えてきそうなほどの勢いで立っていた。

「あ、あの」

「何をしておると聞いている」

「いや、だから……」

「早う答えろ。ここは、海のための大切な研究施設なのじゃ」

「それは十分分かってます。だから……」

「分かっているならなぜこんなところへ入ってきた! さっきのチビどももそうじゃ。ったく……!」

 おじさんはめちゃめちゃキレていた。これは当分話してもらえなさそうだ。


 と、しばらくおじさんに叱られていた。

 もう、私は絆発掘して二コラ王太子に認められに来ただけなの。アンタみたいなジジイに説教される筋合いなんてないっての。分かってる?

 内心、そうやって呟いていた。その時。

「お前、いい加減反省しろ!! 行って来い!!」

 と、気づけば私は海に放り投げられていた。


 実は、エマは泳ぐことができない。

 上手く息を吸うことができず、ゴボボボボといけすの網へ沈んでいく。

「うわぁ」

 綺麗な魚が泳いでいる。どこかで見たことがあるような、素晴らしい景色だ。

「あ、あの空港のお店だ」

 あそこで見えたのがこんな光景だった。そういえば、あそこの熱帯魚はここ、宮古島に住んでいる環境保護家の方からいただいた、と言っていた気がする。

 ――もしかしてあの人じゃないのかな。

 と、熱帯魚に見とれて考えていたが、そろそろ肺が苦しくなってきた。

「や、ヤバい……」

 美しい青い海がなんだかかすんで見えてきた。

「ま、魔術覚醒——水酸補泳」

 苦しみながら、魔法を唱える。

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 魔法によって酸素を得ることができ、やっと私は安心して呼吸をすることができた。

 足をばたつかせると、スイスイと水面へ向かうことができる。これが魔法の効果だ。泳げない人はこの魔法、必須。




 砂浜に戻ってくると、おじさんがタオルを持って走ってきた。

「ああ、悪い。申し訳ない。お前さんは泳げないのか。そりゃあ悪いことをした」

 おじさんは顔を青くしてオロオロしている。さっきの態度から表を返したような、そんな感じだ。言葉の使い方合ってるのか分からないけど。

「ところで、あなたは本当にこんなところへ何をしに来たんですか?」

「……その前に、あなたの名前は何ですか?」

「私は、環境保護団体、『ブルーピース』に所属している元海洋研究家の男です。名を島袋蒼輝しまぶくろあおきです。以下、お見知りおきを」

 やっぱりだった。

 さっき、リックから魔法の力で言いたいことが神通力的なもので伝えられた。この人は、多分あのレストランへ熱帯魚を送った人だと。

「こんにちは。私はエマと言います。実は、沖縄へ咸鏡のことを調べに来たんです。那覇空港のレストランにある熱帯魚を送られたのが島袋さんだと知って、ここまで飛んできたんです」

「!」

 と、島袋さんは雷が落ちたかのように、顔をさらに青くして、さらにパニック状態に陥ってきた。


「申し訳ありません、せっかく私の活動を知りたくて来ていただいたのに、こんなひどい仕打ちをしてしまって。実は、ここに魚を捕りに来る人間がかなりいるんです。熱帯魚を売ると金になるので、そのために私の飼育する魚を捕りに来る人がいて。てっきりあなたも密猟者かと思い、つい……着替えとかありますか? びしょ濡れにしてしまい、本当に申し訳ない。何といっていいのか。何でもしますよ」

 島袋さんはおろおろしながら謝罪の言葉を口にする。

 表情豊かな人だなぁと思った。

「着替えはあるんで大丈夫ですよ。何でもしてくれるなら――そうだ、島袋さんの話をしてくださいよ。ここに来たのは、その島袋さんのこれまでのたくさんのことを教えてもらって、ネットの雑誌に投稿するための取材なので、受けてくださるのならとても嬉しいんですが――」

「もちろん、もちろん。私の活動を広めてくださるのはとても光栄です。取り合えず、研究室に来てください。私の日記とかもあるので……ぜひ、お話しますよ。はい」

 島袋さんは途端にパァッと笑顔になった。そして、ガハハハと笑いながら、一人で研究室へ戻っていった。




「ねえリック、何を聞けばいい?」

「ヴー、ヴェフォバジュィ」

 絆が感じられるのは、島袋さんの若い頃だと。で、その話を聞けばいい、という。

「なら、どうすれば絆回収できると思う?」

「ヴーン、ヴィヴァミヲヴィーヴァピカーヴェフ」

 つまりは、リックが透明マントを使って鏡を持つ。そして、話をしている島袋さんを鏡で映しておけば、転写できると、そういうことらしい。

「ところで、リック、どんどん言葉話せるようになるね……」

 リックの言葉がどんどん複雑になっていくから、私もだんだんついていけなくなってくる。

 リックは誇らしげに、ニカッと気持ち良い笑みを浮かべていた。

「じゃ、行きますか」

 私は、取り合えず今着ている服を脱いで、ショートパンツにパーカーを羽織っておいた。

 そうすれば、取り合えず色々どうにかなると思ったからだ。

「待って、最後に。なんて呪文を唱えればいいの?」

「……」

 分からないらしい。まあ、どうにかなるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る