拾漆・魔絆話写

 研究所の中へ入ると、案の定というか、私が思い描いた通りのところだった。

 水槽が並べられ、魚が泳いでいたり、海藻が揺れていたり、ただ水だけがある水槽があったりと、バリエージョン豊かなたくさんの水槽が壁一面に並んでいる。

「おお、やっと来たか。遅かったな。こっちは取材だというからはりきって用意したというのに。けしからんな」

 あれ、会った時の態度に逆戻りしていないか、このおじさん。

「いやいや、私ちょっと着替えてたもんで、はい」

「おお、そうだったか。それは申し訳ない」

「ところで、このからの水槽は何なんです?」

 ついでに、気になっていたことも聞いてみた。

「ああ、この水だけの水槽か? これはですな、魚が暮らす海の水質の研究をしておるのじゃ。この実験が終われば、水族館とかで魚が苦痛なく暮らす未来が待っているのじゃ。画期的だろう?」

「なるほど」

「じゃあ、わしの部屋へ来なさい」




 島袋さんの部屋には、一つの水槽だけが置かれていた。

「あの水槽にはね、研究対象ではなく私が純粋にかわいがる子なんですよ。見てみてください、めっちゃ可愛いですよ」

「そうなんですか。どれどれ……」

 水槽には、小さなとげがたくさん生えていて、ヒレには黒い斑点がある。大きくてつぶらな瞳に、こりゃまた大きな口。

 なるほど、めちゃめちゃ可愛いじゃん!!!!

「めちゃめちゃ可愛い! これ、なんていう魚なんですか?」

「ああ、これはね、イシガキフグっての。沖縄にもいてね。名前はガッキーちゃん。沖縄では、この魚を食べることもあるらしいけど、わしには無理だ」

「めちゃめちゃ可愛いですね……私も食べれませんよ……」

 それから、二十分ほどガッキーちゃんの前で、イシガキフグの話をしていた。


「あ、あの、そろそろいいですか……?」

「ああ、分かりました。お話いたしましょう」

「はい、お願いします。魔術覚醒——魔絆話写」

 私は、静かに呪文を唱えた。いつものとは違う。

 ガッキーちゃんの話をしている時に、秘かにリックからのメッセージを脳内で受け取っていたのだ。もちろん、魔法の力で。


「——わしは、今七十歳なんじゃ。もうこの先は長くないだろうし、若もんに何か行っておかねばならんと思ってな。今、地球の海は深刻な汚染にあるが、それで魚が消えたらどうじゃ?」

「めちゃ寂しいと思います」

「そうじゃろそうじゃろ。そうならぬために、わしはブルーピースという環境保護団体に入った。それで、海洋魚の保全へ向けて研究しておるのじゃ」


 しばらく間を開けて、島袋さんは続けた。

「東京で生まれて、いくつかの災害も経験した。それと、上野動物園で被害があった戦争、知っておるじゃろ? その戦争でわしは父親を亡くした。父親は……というか、先祖代々、ずっと海が好きで、海の研究をしていたらしいでな。わしも少しだけ、視野に入れておいたもんじゃ」

 ガッキーちゃんは興味深そうに水槽の壁をつついている。

「だがな、わしは元々、宇宙が大好きだった。それで、宇宙飛行士になるつもりだったのじゃ。遠い星へ行ってミッションをする。そのために、月か火星に移住しようかとも思った。それでも、今海の研究をしておるのはこの出来事があったからじゃ。わしは、ペットとしてチョウチョウウオという魚を飼っておった。そのチョウチョウウオのうち、わしが飼っていた魚と姿が似ておる種類が絶滅してしまったのだ」

 それは大変だ。

「それで、わしはショックを受けた。飼っていた魚と同じようなものがもう二度と見れなくなったのだからの。子供の頃からずっと、海に行ってはいろんな魚を捕ったもんじゃったから、その魚も見慣れたものだった。それがもう見ることができない。それで、わしは決めたのじゃ。そういう生き物を少しでも減らしたい。地球は人間の門じゃない。だから、地球にとどまって海に命を捧げることを決意したのだ……!」


 島袋さんは、しばらく瞑目していた。

「お、思い出した。そうじゃ、わしはその時から海に潜り始めたのだ。そしたらびっくりしたもんじゃ。サンゴがみんな真っ白になっていた。チクチクしたとげ持ったヒトデがサンゴを食い荒らしていたのも見つかった。魚はほとんどいなかった。わしは最初にサンゴの研究をした。それで、サンゴがいなくなる根本的な理由を突き止め、対策方法を発表、沖縄の人らを中心に対策してほしい、こういうこと気をつけてほしい、と言ったのだ。あ、そうそう。わしは海に潜り始めたくらいから沖縄に移り住んだのじゃ」

 そうか、東京出身でその時に沖縄に来たから、今だに沖縄弁をあまり使わないのか。

「だが、今振り返ればそりゃそうじゃろと思うが、全然どこの人らもほぼ聞き流していた。曖昧な返事を繰り返し、結局なんも変わってなさそうな気がした。それで、わしはもっと根本的にサンゴを蘇らせるために、妙な布教活動のようなことを辞め、ダイバーとして沖縄県に協力を求めることにした。ダイバー総出で、一度沖縄周辺の残っているきれいな海に潜り、サンゴを食うヒトデ、オニヒトデを取り、駆除しないかと。だが、そんなことを言っても当時の金城知事はなかなか首を振ってくれなかったのぉ。その間、わしは一人で毎日九時間くらいは潜り、沖縄のたくさんの海のオニヒトデを捕っていた。今考えれば良くそんなことができたなぁと思うわい」

 ハハハハハ、と島袋さんは自嘲気味に笑った。

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