トシミツとミラクル・Ⅳ
一月二十八日、木曜日。二十三日の夜、利光が死んでから五日が経った。
そして、中山記念――二月二十四日まではもう一カ月もない。
優勝するためには、ここから一気に仕上げていかねばならない。だが、いきなりやっては負荷になってしまう。
「ひとまず、ミラクルヒダカ。取り合えず、私とマルティネスさんと一緒に、いつものコース歩いてみよっか」
「トシミツサンノカワリニ、ムツミサンガ、ガンバッテクレルノデスネ!」
お葬式にも来てくれたマルティネスさんは久々に見た、青い芝を歩いているミラクルヒダカに感動気味でいる。
「……デスーガ、チュウガッコーヲヤスンデシマッテモイーンデスカ?」
「ああ、それは大丈夫です。しっかり学校に許可もらってるんで。一週間に二日はしっかり学校に行くし、しかももうすぐお姉ちゃんが受験終わるので、それでまあ上手くやりながら頑張ります」
「ソーデスカ。オトーサンノイシヲツイデ、タイヘンデスーネ」
「……でも、めちゃめちゃ楽しいです!」
「ヒッヒィン!」
一月二十九日。今日は、牧場を一周することにした。一周して、長い休憩を挟んで、昨日歩いたいつものコースを歩く、という予定にしている。余裕があれば、少しゆっくりと走ってみようとも思う。
歩いてみると、やはりいつもよりは冴えない顔をしているが、そこは利光の馬。しっかりとした体力がついていて、十分余裕はあった。
「じゃあ、ちょっと走ってみようか」
鎧をはいて、手綱を引いてみる。すると、思ったよりもスピードを出してミラクルヒダカは走り出した。
「あ、ちょっとストップストップ。早すぎ早すぎ。もうちょっとゆっくりね」
一月三十日。今回は、いつものコースを最初は一周歩き、二、三周目は早足。そして、四周目からはスピードを上げて走ってみることにした。
「うわわ、ちょっと、思ったより走れるじゃん。大丈夫?」
まだ、いつものレースのようなスピードには遠いが、それでも復活してすぐにここまで出せるのはなかなかすごいことだと思う。
――さすがは、ミラクルヒダカ。さすがは、お父さんの自慢の馬。
もう、この時点で睦美には優勝できる予感しかしなかった。
二月一日。
昨日は完全にオフにした。急ピッチで仕上げていかねばならないが、だが焦りすぎると怪我の元になってしまう。
今日は、休憩を挟みながら十周ちょっとくらい走ることにした。
「オォ、オォ! サスガハミラクルヒダカ! イイゾォー!」
最近頻繁に来てくれるマルティネスさんは絶好調だった。
二月四日。大会二十日前。今日は坂道ダッシュだ。
大八木牧場へと繋がってくるところの道路で、木のアーチをスタート・ゴールラインとしてダッシュすることにする。
最近は、いつもの練習のようなレベルに戻りつつある。ここで、体力をさらに上げておこうと思い、障害馬術のもうすぐ一歳になる三代目のヒダカノイタダキと並走させてみることにした。
「よーい、ドン!」
さすがは競走馬、ミラクルヒダカは三代目ヒダカノイタダキをグングンと引きはがし、ゴールする。
何回か繰り返すと、もういつも通りになっていた。
睦美の懸念は、利光がニワトリの卵を運搬するトラックと衝突したあの日のことを、ミラクルヒダカがこの道を走ることで思い出してしまうのではないか、ということだった。
だが、睦美と同じでミラクルヒダカもくよくよする気はないらしく、多少その場所を気にするそぶりは見せたが、一気に駆け上がっていった。
二月十日。今日は久々のプール調教を行うことにした。さすがにいきなりあの池はまだ寒いしきついかと思い、近くにある温水プールの営業時間外の時に泳がせてみた。さすがに、少し躊躇いがちだったが睦美がそっと付き添ってあげると、温水だったこともあり入ることができた。ちょうど、キツイ練習のリフレッシュにもなったことだろう。
二月二十日。
ここまでたくさんの練習を積み、今日がラストスパートだ。マルティネスさんに乗ってもらい、今日のメニューの一番最後に、本気で中山記念で走る長さ・形のコースを走らせてみる。
タイムは一分四十八点二。十分だ。何回か九十パーセントで走ったから、このタイムは妥当だし、上出来だろう。あとは、本番しだいだ。
二月二十四日。
睦美たちは前日に、千葉県船橋市に入った。
昨日のうちに睦美とマルティネスさんはホテルで休み、ミラクルヒダカも別の場所でしっかりと気持ちと体を整えた。
あとは、本番しだいだ。
中山競馬場の調教師の席に睦美と、他のウマの調教師さんたちが陣取る。
事前予想では、ミラクルヒダカは七番人気だった。
パドックが現在行われており、白く美しいミラクルヒダカの馬上に乗ったマルティネスさんが大きく手を振る。睦美が陣取るん場所へも手を振ってきた。
睦美は緊張しすぎて死んでしまうそうだった。学校もあれだけ休んで調教したミラクルヒダカ。利光の遺志を継いで育てたミラクルヒダカ。
ここで優勝でなかったら――。
必死にその考えを払拭し、ミラクルヒダカは絶対に優勝する、と心の中で念じた。
と、気づけばもうミラクルヒダカはゲートインしている。
最後の黒いサラブレッドがゲートにゆっくりと入場してくる。
カタン!
その瞬間、ゲートが開いた。
「頑張れぇぇぇ!!」
最初はミラクルヒダカは五番目に着けている。五番でも、しっかり一番から三番の馬にピッタリついて行っている。ここまではマルティネスさんとの打ち合わせ通りだ。
このまま、一頭、二頭と抜かして、三番に上昇。そして、最後のカーブで、ミラクルヒダカは一気にエンジンを全開にした。
「ファイトォォォォォォ!!」
ゴールライン直前で、ほぼ並んでいた二頭の馬を、颯爽と七番人気だった白馬が抜いていった。
***
『ミラクルヒダカ! マルティネスさん! よくやりましたよ! ホントに、あっちの世界で利光も喜んでますよ! ホントに、ホントに、ありがとうございました……』
『まだ、泣いたらダメでしょう。次の舞台はGⅠ。そこで優勝しなきゃ、本当にトシミツさんに恩返しで来たって言うことにはならないじゃないですか』
『そうですね……ミラクルヒダカ、だってよ。次はGⅠだぁ! それまで、また練習だぁ!』
「トシミツとミラクル、ですかぁ……」
ルネライトは、睦美さんが持ってきてくれた当時の道南新聞を見ていた。
「トシミツとミラクルってめっちゃ良いネーミングですよね。利光が起こしたミラクルともとれるし、利光とミラクルヒダカ、ともとることができる。ホントに、この見出し付けてくれた記者さんには感謝しています」
写真には、真ん中に優勝の賞状や盾などを持った睦美さんとマルティネスさん、そして真ん中にミラクルヒダカが写っている。みんな笑顔だが、睦美さんは少し目を腫らしている。
「すごいなぁ、やっぱり、ドラマなんだなぁ」
「賞金は、三分の一は牧場の運営費、三分の二は、キャリアを終えた競走馬を引き取る施設に使いました」
「へぇ……」
「全命重等って言うのは、私も毎日お父さんみたいに神棚に言うようにしてるんですよね。ホントに、これは良い言葉です。ドワーフ王国に、転生してきたお父さんがウマを育ててたりしてないかなぁ?」
「もしかしたら、どこかにいるかもですね」
ウフフ、と二人で笑い合う。
「あ! 待って、もうすぐオープンの準備やり始める!」
「え、本当ですか? 急がないと!」
私は急いで馬小屋の、オレンジ色にさっきまで光っていた石を置き、異界降下を唱える。
「よいしょ」
ワープホールを抜けて、降り立った先にはさっきまでいた大八木牧場を同じような光景がある。
そこには水が豊富な水路と青い草、そして、動物たちの鳴き声が溢れている。あと足りないのは、来館者さんの笑顔だけだ。
「おぉ、睦美! こっち、手伝ってくれぇ?」
「はーい」
睦美さんは急いで源藤さんの元へ走っていく。
私も、テープカットの準備など色々することがある。
ドワーフ アニマル☆パラダイスの、全てのピースが揃うまで、あともう少しだ。
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