弐拾肆・眼写機化

 カランコローンとドアに飾られていたベルが鳴った。

 「いらっしゃい」

 受付に行き、魔法で取得した日本語で

「動物病院の見学をしてみたい」

 と伝えると、

「夕方まで待って欲しい」

 と、帰されてしまった。じゃあこの時間でどこに行けばいいんだよ……と思いながら、あの空き地のことについて聞いてみた。

「あぁ、あの空き地はですね、旧牧島動物病院の跡なんです。立札を読んで分かったと思いますけど……今の院長、天心てんしんの祖父、心造しんぞうの代の頃の建物なんですよ。心造の子、天心の父の瑛心えいしんの代に、今の土地へ引っ越したんですよ」

「なぜですか?」

「あの土地をドッグパークなどにしようと考えたからなんです。今あるフープやハードルはドッグレースとかに使う物です。猫の遊び場やその他の小動物の散歩場、あとはあそこで時々『牧島真心セミナー』を開催することもあります。多目的に使えるんですよね。その時の建物が古くなってきたのもあって、いっそのこと移そうということになったそうです」

 へぇ……。

「以上でよろしいでしょうか?」

「あ、はい。じゃ、夕方来ます」

「はい」


 そのまま出て、せっかくだからと思って再び空き地を訪問してみた。

 と、さっきと違う光景が目の前にはあった。

 茶色と白の犬と初老の女性がいた。犬はフープやハードル、トンネル、シーソー、タイヤを軽々と越えていく。

「あ、来た来た」

 と、老女はちょうど私がいる立札の方を見て、ニッコリと手を振った。

「あ、こんにちは! もう来てたんですね。さすがはコーギー。楽々と越えていきますね。今日はよろしくお願いしますね。ええっと、プチ君と田中さんですね。真野璃子まのりこと言います」

「はい、そうです。お願いします。ほら、プチも挨拶しないと」

 田中と呼ばれた老女がプチと呼ばれた犬を口笛で呼んだ。

「ワン!」

 プチは田中の方を目がけて一目散に駆けてくる。

「ほら、挨拶は?」

「ワンワンワン!」

「こんにちは。私、璃子っていうの。よろしくね」

 それから、しばらくプチを交えて雑談をし、彼女たちは犬と一緒に走り始めた。




 しばらくエマは彼女たちの様子を見ていた。

 ドッグトレーナーってのもなかなか大変なんだなぁ。そう思えたが、それ以上に笑顔が溢れていて楽しそうだった。

 犬もひたすら走っていて気持ちよさそうだ。普段はずっと閉じ込められているから余計に嬉しいのだろう。

 ――異世界獣も、家の中に閉じ込められたりして自由になれないからなぁ。

 と、脳内にひらめきが飛び込んだ。

 ――って、なんで思い浮かばなかったんだっ!


 すぐさま、ポシェットの中を覗き込む。

「ヴィファッ?!」

 リックは眠っていたのか、急に覗かれて目をパチクリさせていた。

「あのさ――、今ある映像を撮って転送するにはどうすればいい?」

「ヴェ……」

 リックはしばらく考えていた。

「テンヴォエイヴィファチヴァファ?」

「……あ、ホントだ。なんで私ってこんなに頭回らないんだろ。って、これどうすれば撮れるの?」

「ヴヴ……ファッ!」

 と、リックは十秒ほどで何かを思い浮かんだようだ。

 頭を下にしてポシェットの奥を探っている。

「ヴィフ!」

 そして、角にニカの足を絡ませて頭をかわいらしくひょこッと出した。


 リックの言う作戦はこうだ。

 ズバリ、ニカにある魔法をかけて、目がそのままカメラになるようにする。

 ニカが見たものはそのまま映像となって鏡へ送られてくる。そして、その鏡に送られてきた映像をドワーフ王国に転送すればいい、ということだ。

 異世界獣としてはものすごい頭が良くなっているリックの意見なのだから間違っているわけがない。

 私はそれを全面的に採用し、新しい魔法を勉強していた。

 空き地の隣、つまり動物病院の階段で本を見て、やり方と言い方のコツなどを必死に頭の中に叩きこむ。

 色んな人がスラっとなんでも内容に呪文を唱えるが、実際はかなり苦労して叩き込んでいるのだ。




「よし、行けるわ」

 サッと立ち上がって空地へ向かう。見てみると、璃子という女性一人だけだった。いや、正確に言うとコーギーと一緒だった。

「……あのぉ」

「はい?」

「楽しそうですね。ちょっと見てたんですけど、みなさん笑顔がはじけていてステキだなぁと思って声かけちゃいました」

 まさか異世界に映像を転送するために協力してくれなんて言えるはずがない。そこでオーソドックスな声掛けをすることにしたのだが、一応、ウソではない。

 正直こっそり見ておくという手もあったが、それでは周囲から変人がられていよいよ危うくなる。

 ここで一応言っておかなければ。

「あぁ、そうなんですね」

「実は私、写真とか動画を撮るのが趣味なんですよ。なので、ちょっと撮らせてもらっていいですか? 日常風景の一コマとして」

「へぇ。カメラ素敵ですね。全然いいですよ。もしよかったらネットとかでドッグトレーナーの活動のことをちゃっかり広めて頂けたら嬉しいです」

 璃子という女性トレーナーは幼さが残った可愛らしい笑みで応えてくれた。第一ステップは完了だ。

「あの、ところでカメラはどこなんですか?」

「え」

 と、思いもよらないところを突かれてしまった。思わず目を見開き、固まってしまう。

「どうしましたぁ? なんか動揺してますけどぉ」

 璃子にイタズラっぽくいじられる。

「ええっと、あっちにカバン置いてるので、今から、取ってきます。じゃ、お願いしますね」

 我ながらいいウソだったと思う。


 彼女の反応を待たず私はさっきのウソの通り、動物病院の方へ駆けだした。

 そして、バレないように塀の陰でポシェットに手を突っ込み、カニのハサミを引っ張り出す。

「魔術覚醒——眼写機化」

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