弐拾伍・魔絆映写
ニカはカタカタと横移動で犬の方へ向かう。
「ワンワン!」
犬は璃子によってあちらこちらへボールを追いかけている。そして、塀の近くにカメラマン、ニカがスタンバイしているのだ。
「ほれ、取って来い!」
タタッタッタと塀の方へ飛んできたボールを追いかけるコーギー。
取りあえず、私は病院の方で魔法で作ってきたカメラを持って被写体を追う。
――こんなことだったら、わざわざニカに魔法かける必要なかったかもしれない……。
ひとまず、私はポシェットの中から王室秘蔵の鏡を取り出し、呪文を唱えた。
「魔術覚醒——魔絆映写」
多分、これで、大丈夫、だよね?
と、鏡が光った。鏡にニカが写すダイジェスト映像が流れる。成功だ。
数分間撮ると、少し璃子に声をかけてみた。
「ドッグトレーナーってどんな仕事をするんですか?」
「ドッグトレーナーですか? まぁ、とりあえずはお座りとか伏せとか待てとか、そういう家庭犬のしつけを担当する仕事です。おーい、プチ君」
璃子が呼ぶと、プチという犬が舌を出して駆けてくる。
「はい、お座り」
目がクリクリで、キラキラと輝いている。毛並みも良く、何より私のことをペロぺロと舐めてくるのだ。
――リックよりかわいいかも。
言ってはいけないことを言ってしまった気がしたが、聞こえていないから大丈夫だろう。
私は座っているプチ君を撫でまわる。
「ワンワン!」
元気のよい声でそう答えてくれると――何というか、心がじれったくなるような、そんな感覚がした。
「リック君って、飼われている犬ですか?」
「へ?」
え、何で知ってるの、この人。まさかの超能力者?
「いや、リックよりかわいいかもっておっしゃってたので、ちょっと聞いてみただけですよ。犬飼われてるのかなぁって」
「え、っとですね。犬じゃないんですけど、飼ってるん、ですよね、はい、ね」
少し片言だったが、まあ大丈夫だろう。
「あ、ごめんなさい、続きですね。それで、まあこの子はしつけできてるんで、最近はちょっとした芸を教えてあげてるんですよね。元気なのでちょっと遊ばせたいなぁと思ったらここ見つけて。それで」
と、ガサガサ、ワンワンとポシェットから音が聞こえてくる。
――ん?
「なんか音聞こえますね。ここら辺から。ま、いっか。トレーナーさんによっては、良く吠える犬のしつけをしたり、ドッグスポーツの訓練をする人もいるんですよ。ただ、どこでも共通するのは“人と犬の架け橋になること”ですね」
「人と犬の架け橋、ですかぁ。すごいですね。なんかカッコイイ……」
というが、実際エマはものすごく、恐らく鏡から聞こえるであろう音が気になっていた。ちらっと塀の方を見てみると、たった今さっきまでお座りをしていたはずのプチ君がいる。ボールがあるわけでもないのに、なぜか彼は土のあたりを掘っている。
――もしかし、て?
「あ、ちょっと待ってください」
と、私はポシェットを開けようとする、と――。
「ヴェフォォォン!!」
リックが、大変だ大変だとわめきながらふたを開けて飛び出してきた。
「何や……」
ドン引きしながら、私は何やってんのと言おうとする。が、言えない。なぜなら。
「後ろに人いるから。で、ニカどうなってんの?」
「ヴァンコヴィグガァァァ!!」
狂暴な生物に襲われている、と言う。それは分かるんだけどね、ちょっと……。
「どうしました? なんか……え」
璃子が何かとんでもないものを見てしまったような目でコチラを見ていた。黒目は、私の腰の部分を見ている。
「何か?」
「いや、なんか変な生き物がいたような」
「そんなまさか」
と、言い返すのが精いっぱいだった。
「ほら、プチくーん。こっちおいでー」
「ワン! ワンワン!」
軽快な足取りで目を輝かせながら私の胸元へ飛び込んでくる。
「かわいい……」
が、プチ君の口には何かが付いている。
――これって、カニの足じゃないの?
大体のことを教えてもらい、ドッグトレーナーの活動の様々なところを見せてもらった。
そして、ついに牧島動物病院の閉院時間を迎えた。
「有難うございました、今日は。璃子さんのことSNSで広めさせてもらおうかな?」
「そりゃ嬉しいですよ。いろんな動物のところ、回ってるんですねエマさん。そういや、私、明日ちょっと行くところがあるんですけど、一緒に来ます?」
陽気な顔をしていた璃子は少しトーンを落として、私を誘った。
「え? どこなんですか、それ」
「犬にまつわるところなんですけど、ちょっと良いところじゃないですね……」
「良いところじゃないって?」
「何と言うか……取り合えず、来るか来ないか、どっちにします?」
「……良く分かんないですけど、行っていいですか?」
「分かりました、エマさん。せっかくなので実際に見て行ったらいい経験になるんじゃないかと思いましたんで。エマさん東京の方から来てるんですよね? どこのホテルに泊まってるんですか」
私はもう、璃子の質問責めにあって名前とかそういうのを言ってしまうのだった。東京から来たってのは嘘だが、この会話的にはバレていないのだろう。
「あ、今日から泊まるんですけど……」
ということにして、今日の朝チェックアウトしたホテルの名前を言っておいた。
「分かりました。じゃ、九時に迎えに行きますね」
それから少し他愛もない話をして別れた。
――良く分かんないけど、転送できる機会を得たってことだよね?
私は塀の方へあるものを回収しに行き、そこから身を翻して病院のドアへ急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます