弐拾陸・防寒熱着
カランコロンと良い音を鳴らして客のいない動物病院へと入ってみる。
「いらっしゃいませ。本日の診療はもう終了したのですが……」
「あ、いや、違います違います違います。あの、アレですよ。ほら、朝に会ったじゃないですか。見てみたいって。動物病院見学みたいな。ほら、そういうことですよ」
「……あ、あぁ、アレですね。分かりました」
そう言って、受付の女性は小さく頭を下げてから、部屋の方へと駆けて行った。
「リック、大丈夫?」
「……ヴェフォーン? ヴァヴァラン」
分からない、とリックはひょこッと出てきて返す。そしてまた引っ込んだ。
――しっかりと学んで、でもなるべく早く終わらせて治してあげないと……。
「あ、あの、すみません。院長の天心が無理って言いだして……今は忙しい時期なんだからやめろと。そもそもうちの病院は一般人の見学を受け付けていないから帰れということで……」
「えぇっ?!」
大きい声が出てしまった。
「どうしてもだめですか?」
「……無理そうです。うちの院長根っこはすごい良い人で動物を愛する気持ちも人一倍強いんですけど、そういう頑固なとことかちょっとね、何というか頭が固いんですよねぇ……すみません、待たせてこの返事で。ホントに」
かなりイライラしていたが、この動物看護師の平謝りを見ると少し気が晴れてきた。こんなことを言われた時のエマは弱い。
「いや、あの、まあ仕方がないですよね。忙しいし……」
そこから言葉が浮かばない。
「本当にすみませんでした。何とお詫びすればいいのか……あ、そうだ。ちょっと待ってください」
そのまま彼女は再び出て行った。
――ニカ、絶対復活させたげるから。あんたは頑張ったよ。
「お待たせしましたー」
看護師は何かの大量の袋を抱えて差し出してきた。
「大阪のめっちゃ有名なお好み焼き屋さんに『難波の力持ち』っていうのがあるんですけどね、それのお好み焼きです。それとね、ゴーゴーイチの豚まんです。ホントにこんなので悪いんですけど、せめてものお詫びです。何の仕事をされていたんですっけ?」
「ええっと……動物の雑誌の仕事をしています」
記憶を回らせて出てきたのがこの言葉だった。島袋さんの時を思い出したからだ。
「ああ、そうだったんですね。これからいいもん出たらいいですね。頑張ってください。本当に今日はすみませんでした。また機会があれば診療に来てください」
「あ、えっとはい。ありがとうございます。こっちも急に押しかけてすみません」
そのまま若い女性二人がヘコヘコと頭を下げ続け、やっと私は風が吹く外へ出た。
チラチラと雪が舞ってきた。
ドワーフ王国は豪雪の国だ。だが、日本もそうだったのか。ブルッと体が震えて、私は使い慣れた防寒の魔法を発動する。
「魔術覚醒——防寒熱着」
私の周りをオレンジ色の膜が覆う。この膜で寒さを防ぐことができるのだ。服のコートのようなものか。
「さぁてと、どうしようかなぁ……」
ふとこの辺りをうろうろとしていた。
何か、良い物はないだろうか。
気付けば、空き地の奥の方まで来ていた。
――ここで、ニカが。
ふっと思い出し、リックにニカの様子を聞く。
「ヴェフゥン……ヴァヴァヴァ」
悲しそうなウルウルした目。なんとなく状況は察した。
「ニカ、何とか生きてるか……でも、もう危ない感じ?」
リックは無言でうなずく。
「うぅん、そうだなぁ……リック、取り合えず何とかニカを守ってあげて」
グスッと涙を拭いてからリックはポシェットの奥へ引っ込んでいった。
「あれ……?」
心配からか、心のざわめきを何とかこらえつつも、エマは“あるもの”を探す。
「みぃつけた」
あったのは、茶色っぽい火山灰がかかった地層。鏡を取り出して、まあまあ狭い地層を照らしていく。
「どうだっ……」
土管で隠れていたが、病院よりの塀はビッシリと土に覆われていた。手刀で土の中も掘ってみる。
ヴォーンと車の音が聞こえると、慌てて伏せる。そして、また掘る。これの繰り返しだった。
ある程度掘ってみると、地層のティラミスのような模様がだいぶ出てきた。
と。
「ああっ!!」
確かに見えたはずだ。
チカッとわずかに土の奥で輝いたオレンジ色の光。
地層に印のマークを王室秘蔵のペンで書きこむ。
「リック、これ」
「……ヴェフゥン!」
さっきまで泣いていたリックは急に飛び上がった。
「ヴェフォーン! ヴェフォーン!」
どうやらこれらしい。
「よし、じゃぁ早速照らすよ? 行くよ?」
「……ヴェッフ! ヴトップ」
ちょっと待て。
なぜ?
リックはまたしっぽを出して潜り込み、すぐに出てきた。と、手の上には八本あるはずの足のうち、右の三本と左の一本をはぎ取られ、片目が壊され、腹が割れた無惨なニカが出てきた。
回復魔法をかけるとどうにかなるが、魔術転写はパワーを使う。回復魔法を使うとこっちができなくなる。それはつまり、二コラ王太子の期待を裏切ることになる。
でも、ニカは見捨てたくはない。
「ヴェフォヴェフォヴェフォ……」
リックはこっそりと耳打ちした。
「え? ダメでしょ。ニカは私の仲間なのに……? そりゃ駄目だよ」
「ヴェフォヴェフォヴェフォ……」
また耳打ち。ニカは真剣な眼差しでコチラを見てくる。何かの覚悟を決めたような真摯な眼差しは私の心のコアまで届いてきた。
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