新生アニマルセンター

参拾壱・当国銭作

 タクシーはちょうど動画が終わるくらいでホテルへ到着した。今朝チェックアウトしたホテルにまた舞い戻るわけだ。

「お値段千三十円になります」

「えっ、たかっ」

「最近タクシー業界もあれで、ただでさえ高い料金がさらにね……うちも上げすぎたら客が減るだけやのに。まあ仕方がないんかなぁ。あ、はい、ありがとうございます」

 人の良さそうな白髪のベテランドライバーは親切に、三十円だけまけてくれた。大阪の人はやはり優しい。

「おかげで助かりました。ありがとうございました」

「はい、おおきに」

 お決まりの大阪弁で感謝の気持ちを伝えあい、漆黒のセダンは空車の字を映し出し、走り去っていった。


「あの、今朝チェックアウトしたばかりなんですけど、色々あって予定が伸びちゃって、また使うことってできます?」

「あぁ、全然大丈夫ですよ」

 親切な男性フロントクラークは快く承諾し、いくつかの質問をするとエマの答えを書いていく。

「この値段になります」

「あ、はい」

 と、金が不足していることに気づいた。ヤバいかも。

「魔術覚醒——当国銭作」

 この国へ飛んで一体何度目であろうか魔法を使う。

「はい、ありがとうございます。それでは、ベルボーイにお荷物運ばせましょうか……と言ってもあまりお荷物ありませんね。ひとまず、お部屋の案内だけ」

「本日も当ホテルをご利用いただき誠に有難うございます。それでは、お部屋にご案内いたします」

 いかにもよく似合うドワーフ王国の近衛兵のような服を着たイケメンボーイが案内してくれた。

 けど、私にはニコラ王太子という人がいるのだ。




 ホテル内のコンビニで中身が増量されているらしい“スパゲッティ弁当”なる麺類と“ガトーショコラ”という今ドワーフ王国でも陰で流行っているスイーツ。

「頂きまーす」

 食べ始めても、頭の中にあるのはニカのことだった。

「生きててほしいな……」

 ふと独り言。そして、追って溜め息。

 あの後、ニカはどうなったのだろう。足は治ったのか。それとも、ダメだったのか。到底自分に分かることじゃないが、これを考えないことは出来ない。

「助かってくれぇ……」

 そんなことを思いながら食べる美味いはずの弁当は味が薄い。

「ヴェフ、ヴェフォン」

 リックはホテルの天井を指さした。

「火災報知機?」

「ヴェフ、ヴェフ、ヴェフ、ヴェフ!!」

 もっと、もっと、もっと、上、と言っている。

「何? 宇宙?」

「ヴァッカー」

 神様、らしい。

「私、そう言うの信じないんだけどなぁ……」

「ヴィークァクァ」

「いーからって、ドワーフ王国宗教とかほぼほぼ潰されてくじゃん。神様信じるとか駄目だからさ。あんた国王信用しないの?」

「ノンノン」

 珍しく、日本語らしいというかそんな言葉を出した。

「ヴィークァクァ、ヴィ?」

 リック自身もものすごい心配しているのだ。ものすごい上目遣いでコチラを見てくる。

 ――たまには、そんなこともアリかな。

 リックがパタパタと飛んでいく方へついていくと、案の定、たくさんある線路が見下ろせる大窓だった。

 ――神様、どうか、ニカが救われますように、そして、また一緒に旅ができますように……。


 と、机に置いてある腕時計が震えている。

『早く出てくれーおーい』

 小さな声が聞こえてくる。

「はーい!」

 着信ボタンを軽く押す。

『定期報告のお時間だ。いかがだ、そっちは』

「私ですか? 私は今ホテルでのんびりしてますよ。そういえばね、今日行ったところで璃子さんっていう犬を訓練してた人に会ったんですけどね、その人が明日どこかに連れて行ってくれるっていうことらしいんですよ。どこかは分かりませんけど、勉強になるからって」

『そうか、それは明日も期待できるな。今日は三つも送るとはな。精力的で結構だ。お前がたくさん働いて手柄を立ててくれると我も喜ばしい』

「ありがとうございます」

 動物保護が進むのだから、そりゃあ喜ばしいことだ。その右腕となってると考えると、誇りに思える。

『そのうちの一つ目はなかなか考えたな。途中で映像が途切れてしまったが、日常的なふれあいというか、そう言う物もなかなか悪くはない。犬という物がこんなに可愛らしいものだとはな』

「あ、映像が切れたのは……え、あ、いや良いです」

 ニカが……と言おうとしたが、何か引っかかって言えなかった。

『ニカというカニがその犬にやられたのだろう。知っている。今どうなっているかもな』

「えぇっ? 何で知ってるんですか?」

『は? 気づかなかったのか、ここにカメラが付いていること。我が見ようと思えばすぐに腕時計から何が起こっているのかを見ることができる』

「そうだったんですか! 全然知りませんでした。ずっと見てたんですか?」

『我がエマを見たいと思った時だけだ』

「えっ」

 その意味は、恋愛的な意味なのか仕事的な意味なのか? と聞くのはさすがに気が引けるが、王太子はさすがにこの手の言葉は上手い。

『まあ、そう言うことで良いな。特に他に報告はないか?』

「はい。大丈夫です」

『そうか。また何か美味いものでも送ってくれ。ところで、エマ』

「何でしょう?」

『もし、そのカニが犬によって殺されていたら、お前は犬のことを恨むか?』

 え?

 と言葉を失くしてしまった。そんなことは考えもしなかった。というか、考えたくなかった。もうなんていう名前か忘れてしまったが、あのワンちゃんは特に悪いことをしたとは思えなかった。

「犬は本能のままに遊んでいたし、小さい動く物を見たらそりゃあやっちゃうと思うので、あまり恨めませんね……というか、犬も可愛いのであまり恨む気にもならないというか?」

『ンフッ……そうか』

「何ですか、その笑い方」

『いや、そういうエマの考えが我とは違うな、と思っただけだ。だが……』

 ニコラ王太子は一声おいて、言った。

『お主のそういうところが、我は好きだ』

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