参拾伍・布覆透体
***
「良くやってくれた、エマ・ド・ミッテラン……これにて、任務は終了じゃ。ご苦労だった」
「は」
「さすが、前世で“かせき”をたくさん取ってきた人材なだけあるわい。まさか、ここまで良質なものを取ってくるとは。しかも、魔術を自分でアレンジして映像やインタビューまで送ってくれるとは。本当に、エマに付けるにはもったいないほどじゃ」
「……ありがとうございます」
まさか、フィリップ王がそんなことを言ってくれるとは。この功績で少しは出世することができるだろうか。まあ、望むこともないし無理だと思うけれども。
「だが」
と、久々に見る懐かしい生のニコラ王太子がドアの外に立っていた。
「おぉ、ニコラ。帰ってきてくれたぞ、エマ殿が」
「ここに帰ってきたからにはルネライトと呼んだ方がいいと思いますが……」
ルネライト、るねらいと。随分懐かしい名前だ。いつぶりだ、それを聞くのは。
「ふむ。それもそうか……?」
「そうでございます、父上」
「エマ殿、元の名前、ルネライトに戻りたいか?」
「え、あ、私はどちらでも……」
「どちらが良いか?」
「え、ええっと、そうですね……これからまた働く時、エマの名前のままでは少しやりにくいかなぁと思いますので……ルネライトにまた改名してもよろしいでしょうか?」
「そうか。もちろんじゃ。早速手続きをさせておく。おい!」
そのまま、召使いに申し付けて王は話を続ける。
「さて、そこでじゃ。お主を呼んだのはこの話をするだけではない。お主はこの功績ともう一つ、とんでもないことをしてくれた」
「えっ? ……何で、ございましょうか?」
とんでもないこと? 何? 私、何かやらかした?
「ニコラ。お前を呼んだのは分かっているな? いつまでも部屋の外におらず、入って来い」
「はい……ここで、やるのですか?」
「それはお主らの自由じゃ」
「えぇ……」
ニコラ王太子は顔を少し赤らめ、困惑している。そんなカワイイ王太子をじっと眺めている私。
「さて、話は他でもない。単刀直入に言おう。エマ……ルネライト殿、お主はニコラのことをどう思っておるか? 正直に、申してほしい」
「えぇ? 私は……」
ニコラ王太子のことを愛してます、何て言えるわけがない。
「フィリップ王の後継ぎとしてふさわしい、しっかり者の聡明な王太子なのではないかと存じますが……」
「……では、ニコラは」
「我はルネライトのことをこの瞬間から最期まで愛していたいと思って、います」
えぇっ?!
「そうか。なら、話は早い。ルネライト殿、このニコラと結婚し、王太子妃となってくれないだろうか?」
***
「おーい、着きましたよー」
「に、ニコラ王太子……わ、私のことそんな……キャー!」
「痛い痛い!」
うっすらと璃子さんの声が聞こえる。
なんで、このドワーフ王国に璃子さんがいるんだろ……? まさか死んじゃってこっちに来た? そんなんじゃないよね……?
「エマさんっ!!」
「ほえっ?!」
この一言で、ようやくエマは目が覚めた。
「さっきから何言ってるんですか? 夢の国にでも行ってます?」
「え、あ、え、え、え?」
さっきから、何を言っているのだろう。というか、ここはどこだ? 王宮じゃなかったのか? 何?
「あ、待って私、車に乗って璃子さんにどっか連れてってもらってて……?」
「そのとーりです。寝相悪すぎでしょ。さっき起こすときめっちゃ蹴られましたけど」
「えっ……。それは、すみません、ホントに。完全にあっちの国に行ってました……」
寝相が悪いって、私いい方なんですけど。そんなこと言って、内容が内容だし……。
「キャンキャン! キャンキャン」
「てえぇっ?」
と、パッと見ると二代目チョコちゃんがポシェットの中に頭を突っ込み、ブンブンと首を回していた。
「ちょ、え、チョコちゃん?」
待って、これ見たらとんでもない現実を知ってしまうことになるから。
「ちょ、チョコ! 何やってるの、エマさんの私物に」
璃子さんは慣れているのか、素早くチョコちゃんの太い首をつかんでグイっと引っ張り出した。
「……全くもう。すみません、エマさん、こんなことになっちゃって。ちょっと、どうしましょう。中の物を拭きましょうか?」
そう言って、璃子さんはポシェットを手に取る。が……待って、その中にはリックが……。
「あ、思ったより何も濡れてなかったですね……良かったぁ……」
え? リックは?
璃子さんはポシェットをひっくり返しているのに、リックは落ちてこない。どこに行った……?
「ま、行きましょうか、取りあえず。ここから少しだけ歩いたら見えますから」
やっと落ち着いて車を降り、三百六十度見てみると、ここは広い駐車場。そして、目の前には深い林が広がっていた。
「何ですか、あの林。何の施設なんですか?」
「まあ、さっきの話と結構関係ありますね……」
さっきの話……初代チョコちゃんの話か。
虚ろな記憶を探り、ある推理を打ち出す。
「もしかしてあれですか? なんかチョコちゃんを引き取ったところ」
「まあ、そんなもんかな……」
当たっているのか当たっていないのか、微妙な反応で璃子さんは返してくる。
「ま、行きましょ」
少し林の中の切り開かれた道を歩いていると、木が茂っていた目の前が急に開け、薄いオレンジ色の壁の体育館のような施設が出てきた。
「何ですか、あれ。何の施設なんですか?」
「読んだら分かるでしょ」
「……おおさか新生アニマルセンター。アニマルセンター? 新生ってどういう意味ですか?」
「まあ、見て聞いたら分かるから。ちょっと覚悟してついてきてね」
璃子さんがゆっくりと歩いていく。急いで後を追い、まさに体育館のような重い両開きドアを開けた。
「え?」
少し開けると、キャンキャンキャンキャンというけたたましい音と、犬猫が入ったゲージが両サイドに並ぶ道が目と耳にズドーンと飛び込んできた。
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