肆拾伍・魔絆映写

「あ、あのぉ……こんにちはぁ……この牧場の方ですか?」

「んあぁ? あぁ、そうだがどうしたぁ? あんたは誰だぁ?」

「あの、私エマって言います。雑誌の取材に来てて……」

 白い上下ウインドブレーカーの髪の毛のように細い銀縁眼鏡のシワシワおじいちゃんが答えた。

「雑誌? なしてだ? ここには何も大したものは無いと思うがぁ……ひとまず、せっかく来てくれたのだからもてなすべ。わしは源藤げんどうと言うんだ。よろしく」

「源藤さん。よろしくお願いします。コチラの方は娘さんですか?」

「んん? どっちがだ?」

 んん? と言った時にちょうど向こうのドアが開き、釣り上がったキツネのような目の、気の強そうな顔の九頭身女性が入ってきた。

「ええっと、両方です……」

「あぁ、こいつはな、ちょっと複雑でなぁ……ひとまず、まあ後で説明する。ほら、自己紹介しれ」

 源藤さんは最初に、九頭身のキツネ目の女性に目を差し向けた。

「……いや、その前にこの人誰なの?」

「あぁ、この方はなぁ、エマさんと言ってな、ここに雑誌の取材をしに来たんだ。ほれ、自己紹介」


「いや、この人本当に取材しに来た人なの? 怪しいんだけど。あんた、どこの社?」


 ギクリ。

 私の方を一睨みしてこの言葉を突きつけてきたキツネ目に私はどう答えようか思案しようとした。

「まあまあ、そんなこと言わずに、早く自己紹介しれ」

 めちゃめちゃ北海道弁の源藤さんが急かす。

「……大八木睦海おおやぎむつみ。……そんなことより、あんたは早く自分の社を言いなさい。だって、雑誌の取材で普通そんなキャンプしに来たみたいなカッコしないでしょ?」

 ――そ、それはそうだ。

 自分の赤いパーカーに褐色のエプロンベスト、青い膝丈スカートを撫でまわし、この用意のない自分を恥じる。

 だが、今恥じても始まらない。

「ええっと……あの、オーシャンブルーっていう雑誌です……」

 ふと都合のいい時に思い浮かんだのが、島袋さんの話を送った雑誌だ。環境系のやつだから、多分騙されてくれるはず……。

「ふん、じゃあ電話してあげる。エマって言う編集員いますかって。というか、上の名前なんなのよ、あんた」

 ――電話!

 手厳しすぎる。何でそんな警戒されなきゃいけないんだ。

 というか、上の名前なんか……ええっと、何だ? もう、ルネライト時代のミッテランで良いか?

「ええっと、上の名前はミッテラ……」

『……もしもし、あぁ、すみません突然。あの、簡単に説明しますね。おたくに、ええっと……あの、まあ下の名前がエマという社員はいますか? ……あ、いるんですか? じゃあ、上の名前は……鈴木? あ、分かりました。あの、ミッテラ・エマっていう編集員はいませんよね? あ、はい、分かりました。わざわざありがとうございます。じゃ』

 ミッテラと言いかけた時に本当に電話をかけ始めたわけだから、もうどうしようもない。お手上げだ。

 あとは、こういう時になんと言い訳するかだ……。

 狭い狭い、白い羽と赤いトサカを持ったぽっちゃり鳥の並ぶ小屋は険悪な雰囲気に包まれる。

「あんた、そう言うことらしいけど? 何でわざわざウソなんかつくわけ? どうなの? 早く答えなさいよ!」

 隅で縮こまっていた五歳くらいの女の子がますます小さくなる。私だって小さくなりたいのに。

 ――ここまでかな……?

 と、思った時だった。

「まあまあ、んなのは後々。この人にも何か理由があるんだべ。どっちみち、人生八十年も記者として牧場の主として生きて人間の目はもう何回も見てる。こいつは何か事情があってきたが、こっちには言えないという目だ。良いでないか。うちの牧場を広く知ってもらえるのなら。その後、本当に雑誌にでも提供してもらえばいいべ。ハハハハハハ」

 源藤さんの助け舟が得られた。

「あ、なんか、ありがとうございます……その、良いんですか? 私、ウソついたのに。いや、本当に悪い人間じゃないんですけど、その、何というか、なんて寛大なのかなぁって思って……」

「あぁ、そのことか? それはまあ、良いんだ良いんだ。ほら、さっさと付いて来い。お望み通りに見学させてやるから」

 良く分からないが、その細い細い銀縁眼鏡の奥にはシワが寄った細い目が浮かんでいる。

「……ありがとうございます!」




「まずは、どこを見たいんだ?」

「いや、あの、この牧場の全部のところを一通り見せてもらいたいです。なんか、その、ここの牧場のヒストリーとかそういうの聞かせてもらいながら……」

「ほお。珍しい人間だな。まあいい。じゃあ、案内してやる。最初は乳牛からだ」

「にゅーぎゅー?」

「……ん? あぁ、っとな、乳牛ってのはな、牛乳を出す牛のことだべ」

 徒歩でずんぐりむっくりな白い羽と赤いトサカの鳥——何やら、ニワトリと言う、卵を産んだり肉を食べるするという鳥——の小屋から徒歩でニ十分ほど、私は「魔術映写」を唱えて歩き続ける。

「ここはなぁ、色々あるんだが、まあ北海道の全てが集約されたようなところだ。従業員はうちの家族十人と、他から弟子入りしに来た二十人、それとここの専属で働いている七人だぁ。飼ってるのはブタ、乳牛、ポニー、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ウサギ、競走馬だ。ここの競走馬ではなぁ、ミラクルヒダカという競走馬が一度阪南って言うデカい競馬選手権を制したことがあってなぁ……今は、その孫にあたる、ホッポウファイトっていうウマが頑張っとる。まあ、後で案内してやろう」

 と、あっという間に白黒のウシがたくさんいる草原に着いた。

「うわ、カワイイ!」

 エマはトロンとした目に思わず引き寄せられ、一匹のウシの頭をナデナデする。

「ムォー」

 ベロリ

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