守りたかったはずなのに……



「――― 家族を守るためにした精一杯の決断が、逆に母親を追い詰めてしまった。いくら〝知恵の園〟で学んで賢かったとはいえ、幼い拓也には相当のショックだったと思う。あの後、ゆうに一ヶ月は落ち込んでた。きっとトラウマになってると思って、オレもエリオス様も、できるだけ触れないようにしてきたんだ。それが……今さら蒸し返されるとはな。」



 長い昔話を、尚希はそう締めくくった。



 次に訪れた静けさの中、時計の音がやけに大きく室内に響いている。

 時刻はそろそろ、十二時に差しかかろうとしていた。



 ぼんやりと時計を見た実は、次にベッドで微かな呼吸を繰り返す拓也を見やる。



「なるほど…。病気で入院している、自分の母さんとそっくりな人……トラウマを刺激するには十分ですね。その人の死の間際を目にして、思わず禁忌を犯して、彼女の魂を無理にとどめたってところか……」



 拓也が自ら事情を話したがらない理由にも頷ける。

 いつどこであの死神が拓也の記憶を盗み見たのはか知らないが、そこは神という存在に突っ込むだけ無駄だろう。



「ティルは……このまま死んだ方が、いっそ楽なのかもしれないな。」



 尚希の口から、絶望的な言葉が零れる。



 普段の尚希なら、絶対口にしない消極的な言葉。

 そんな弱音が出てしまうほどに彼も疲弊しているのだ。



 ずっと一緒に過ごしてきて、拓也の傷もトラウマも知っていたはずなのに、今回の事態を未然に防げなかった。

 悔やんでも悔やみきれないのだろう。



 それを妙に落ち着いた心地で見つめながら、実は立ち上がった。



 もう、時間だ。



「らしくないですよ、尚希さん。」



 尚希の肩をぽんと叩く。



「あいつが、これくらいで音を上げるような奴ですか? もしそうなら、俺はこのゲームを受けていませんでした。」



 疲れた表情でこちらを見上げてくる尚希に、実は微笑わらった。



「信じましょう? 拓也なら、大丈夫です。」



 立てた人差し指を唇に当てて、片目をつぶる実。



「………そうだな。」



 あまりにもエリオスに似ているその仕草に、尚希は自然と顔をほころばせていた。


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