拓也の気がかり

 尚希の表情の変化を認めながら、拓也は自分の内にくすぶっている疑念を口にする。



「昨日から、姿を見せてないよな。尚希は一度家に戻ってるって言ってたけど……おれ、違うと思うんだよ。だって、おかしいんだ。おれの中で禁忌の反動を食い止めている実の力が、だんだんと弱ってる。反動の勢力にじわじわ負けてるっていうより、実自身の力が弱ってるんだ。家に戻ってるだけなら、これはおかしいんじゃないか?」



 自分の中で奮闘する実の力が、徐々に弱ってきている。

 これが、大きな気がかりだった。



 実は魔法を使った以上、その魔法に一切手を抜かない。

 それが実の魔法に対する姿勢だ。



 自分を助ける時間を稼ぐために、実は自分自身を削りかねないほどの魔力を費やしている。

 その実が、途中で投げ出すわけがない。

 自惚うぬぼれでもなんでもなく、それは疑いようのない事実。



 助けられないと分かりきっているなら、実はきっと最初から助けない。

 実が自分を助けようとしているのは、自分が友達である以前に、自分が助かると確信しているからだ。



 実なら絶対に最後までやりきる。

 なのに、その実の力が弱くなっていく。



 原因として考えられるのは、実が諦めたか、実の身に危険が及んだかの二つ。

 そして実の性格上、前者は絶対にありえない。



 この断定的な事実が、拓也の心に新たなおりを落としていた。



「実は、どこで何をしてるんだ?」



 あんな見え透いた嘘をついて、実の話題に触れた瞬間に、あんな表情をするくらいだ。

 尚希が、何も知らないわけがない。



 鋭く訊ねたが、尚希は目を閉じて首を横に振った。

 だがその寸前、尚希の瞳に動揺が走ったのを見逃さなかった。



「知らない。」

「キース!!」



 顔を逸らした尚希に、拓也は詰め寄る。



「お前、おれの嗅覚を忘れたか!? それが嘘だってのは、においで分かってんだぞ!! どうせ実に口止めでもされてるんだろうけど、今は律儀にそれを守ってる場合か!? 実が危ないかもしれないんだぞ!?」



「危ないのは、お前だって一緒だ。」



「はあっ!? 実よりも、おれの方が危ないって言いたいのか? だったらなおさら、実の心配をすべきだろ! 実が弱ればその分、おれだって禁忌の反動にやられるんだから。」



「実は、お前が死なない限り死なないよ。」



「そんな保証がどこにある!? あいつは、自分の限界考えずに突っ走るアホだぞ!? それは尚希だって、分かってるはずじゃねぇか! 実のことは、どうでもいいっていうのかよ!?」



「実の居場所は、本当に知らないんだ!!」



 耐えかねたように尚希が叫ぶ。

 その叫びに含まれた悲痛な響きに、拓也は用意していた罵声を思わず引っ込めた。



 尚希はつらそうに言葉を絞り出す。



「それどころか、実が今どんな状況にいるのかすら……オレにも、分からないんだよ。オレだって、いっそ全部話してしまいたいさ。……だけど、そんなことすれば、余計実の命が危ないんだ! どうしようもないんだよ!!」



「なっ…」



 拓也は言葉を失う。



 よくは分からないが、実が危機的状況にあるのは間違いないようだ。

 しかも、何か詳細を話せない事情があるらしい。



「オレには……どうすることも、できないんだよ。………くそ…っ」



 自虐的に呟きながら、尚希は自分の無力さを呪う。



 そう。

 自分には何もできない。



 結末がどうなるか。

 それは全て、拓也の判断に左右される。



 自分としては全てを拓也に打ち明け、実を助けるために拓也に魔法を解除してもらいたい。

 しかし……



 拓也の背後で揺れる黒い影が、視界の端にちらつく。

 あれが拓也にいている限り、それはできない。



 実が拓也を守るために、自らの命を賭けに差し出したのだ。

 自分がそれを無駄にすることなど、できるわけがないではないか。



 結局自分は、見ているしかないのだ。

 事情を知っていても所詮は部外者でしかなく、事の顛末てんまつをただ傍観することしかできない。

 それは自分にとって、限りなく絶望に近い苦痛だった。



 やりきれない。

 どうして自分の気づかないところで、事態はいつも進退きわまるところまで悪化しているのだろう。



 自分が普段からもっと拓也に注意を向けて、早く異変に気づいていれば、拓也がここまで追い詰められることもなかったかもしれない。

 実が命を賭けに差し出すなんてことにもならなかったかもしれない。



 この状況に、尚希は歯噛みするしかなかった。


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