ずっと抱いていた恐れ

 ―――つまりは、油断していたのだ。



 こんな事態に陥った原因は、そこにあるとしか思えなかった。



 地球に移り住んで、あまりの平和さに緊張感を忘れていた。

 六年あまりの時間をここで過ごす間に、自分はこの環境にかなり安心していたのだ。



 拓也が自分の元に現れた時、ようやく彼を救えると思った。

 国への憎悪で自身を焼き続けるこの子を、やっとその呪縛から解放してあげられると思った。



 事実、その目論みは想像以上に成功していた。



 自分が思い描いていた平和とはかなり違ったが、それでも拓也が、〝知恵の園〟にいた時には見せなかった表情をたくさん見せるようになったのだ。



 初めの頃は『いつになったら帰してくれるのか。』とよく言われたものだったが、それも徐々になくなった。



 家で学校の話をよくするようになっし、何より拓也が楽しそうに毎日を過ごしていた。

 それに自分は、深い安堵を覚えていた。



 ずっと気がかりだった。



 あまりにも幼い内から拓也に植えつけられた国への敵意と憎悪は、収まることを知らなかった。



 いつも傍にいた自分には、それが痛いほどに感じられた。



 感じて……―――そして、恐れていた。



 いつか、この憎悪が拓也の身を滅ぼすのではないかと。



 毎日がむしゃらに訓練に身を投じていた幼い拓也をエリオスは止めなかったし、他の皆もはやし立てるだけだった。



 その中で自分は唯一、ただただ恐れていた。



 あの時の拓也は、あまりに危うかった。



 常に感情の限界と背中合わせの状態で必死に力を磨き続ける拓也は、まるで張り詰めた糸のようで……



 その糸が切れてしまった時、果たして拓也がどうなってしまうのか。

 それが怖くてたまらなかったのだ。



 極限状態の拓也をどんどん厳しい訓練に引き込むエリオスに詰め寄ったこともあった。

 こっちは必死だったが、エリオスはさすがといえた。



 彼はこちらの心情も拓也の状態も理解した上で、あえて拓也に厳しい訓練を課していたのだ。



『あの子には、処理しきれない感情をぶつけるところが必要なんだ。君の心配ももっともだけど、け口のない感情は心をむしばんでしまう。あの子を壊したくないなら、君はただ傍にいてあげればいい。大丈夫。君が傍にいるだけで、あの子はかなり安定しているから。』



 エリオスはそう言って、拓也に厳しい訓練を課し続けた。



 拓也がそれで感情をセーブしていることは事実だったので、それ以上は言い募ることができなかった。



 それにエリオスの言うとおり、自分と一緒にいる時の拓也は、どこか肩の力を抜いている風だった。



 自惚うぬぼれかもしれないが、そう思うことで、自分の中の恐れは幾分いくぶんか軽減できた。



 そうやって恐れと共に拓也を見守り続け、地球に来てからは、拓也の様子が分からないが故に、密度を増した恐れと不安にさらされながら日々を過ごしてきた。



 拓也が自分を頼ってきてくれた時は、ほっとして腰を抜かしそうになったくらい。



 ずっと恐れてきたからこそ、拓也の変化に安心したし、それが嬉しかった。

 自分の判断は間違っていなかったのだと、満足していた。



 ―――なのに、こうなってしまった。



 思い至るべきだった。



 拓也はここでの生活に癒されてはいたが、過去の呪縛から解放されたわけではない。

 噴火する寸前で膠着こうちゃく状態を維持する火山のように、落ち着いて見えるだけだったのだ。



 それは、今までを考えれば簡単に分かることだったはず。



 拓也が完全に過去を吹っ切るのを見届けるまで、自分はこれまでの恐れと緊張を忘れてはいけなかったのだ。



 けれど自分は、拓也がここでの生活を楽しむ様子を見て、あたかも拓也を救えたかのように錯覚していた。



 もう大丈夫だと決めつけて、都合の悪い可能性から無意識に目を背けていた。



 油断していた。

 甘かった。



 環境など関係なく、自分は拓也が本来持つ危うさに目を光らせていなければならなかったのに。



 なんという失態だろう。



 悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない―――……


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