決断

 尚希はきつく目を閉じて、奥歯をさらに噛み締める。

 そんな彼の表情にさらなる憔悴しょうすいが見えて、拓也は言葉を失った。



 なんだか尚希を余計に追い詰めてしまったようで、気まずさが込み上げる。



(一体……何が起こってるんだ…?)



 答えの出ない疑問が巡る。



 自分が知らないところで、とんでもない事態が進んでいるような気がしてならない。

 いや、実際に何らかの事態が進行しているのだ。



 そうでなければ、尚希のこの状態に説明がつかない。

 そして、実が弱っているという感覚。



 考えれば考えるほど、このままでは取り返しのつかないことになってしまいそうな予感がして、不安がよぎる。



 これは、自分が知らないでいい問題なのだろうか。

 尚希は何を隠していて、実は何をしているのか。



 拓也は脳をフル回転させる。



 自分が久美子に頻繁に会いに行っていた理由を、尚希は知らない。



 自分の過去を知っている尚希に久美子のことを話せば、絶対に心配するだろう。

 そう思ったから、詳しくは話さなかった。



 実に至っては、自分が久美子に会いに行っていたことすら知らないはずだ。



 二人からすると、自分は何の前触れもなく禁忌を犯したという意識のはず。

 しかし、尚希のこの態度。





 まるで、何もかも知っているかのような―――





(何が……)



 自分の知らないところで、禁忌とは別問題が起こっているのは確かだ。

 そして、尚希が自分を押し込めてまで口をつぐむということは、おそらく自分もその問題に絡んでいる。



「………っ」



 断片的な情報に苛立って、頭にカッと血がのぼる。

 その瞬間に喉を何かがせり上がってきて、拓也は激しく咳き込んだ。



「拓也…っ」



 ふらりとぐらついた体を、尚希が支えてくれる。



 口元を押さえる手から流れる血が、床に赤い雫を落とす。

 それがさらに自分を苛立たせ、それに任せて唇を噛み締めた。



 その時。





 ―――ふわ





 視界の隅に、何かの気配が立った。

 それにハッとして顔を跳ね上げる。



 そしてより一層目を見開いて―――拓也は、ゆっくりと微笑みを浮かべた。



「拓也?」



 尚希が首を傾げて拓也の視線の先を追う。

 と、その表情が瞬く間に驚きに彩られた。



「キース。」



 拓也は尚希を呼んだ。

 今までとは打って変わった、穏やかな口調で。





「病院に連れていってくれ。」




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