凍りついた心

 ……あの時、すでに心は凍っていた。



 父さんにも母さんにも、もう会えない。

 周りは、もう敵しかいない。

 子供も大人も、みんな自分の敵だ。



 もう、誰も心を揺さぶる者はいない。

 誰にも心を開かない。

 誰にも―――





「いたーっ!!」





 草をがさりと掻き分けて出てきた相手に、拓也は溜め息を吐き出した。

 渋々だったが、読んでいた本から目を上げることにする。



「ティル! お前、またこんなところで…。捜す方の身にもなれよな! お前、無駄に気配隠すの上手いんだから、疲れるったらありゃしない!」



「別に。もう試験はパスしたんだから、どうしようとぼくの自由だよ。」



 にべもなく言って、拓也は再び本に目を落とす。

 そんなつっけんどんな態度に、拓也を捜しに来た彼は大仰な溜め息をついた。



 彼の名は、キース・アイレン。

 後の尚希である。



「ったく……」



 尚希は肩をすくめる。



 この子が〝知恵の園〟に来たのは、三ヶ月ほど前。



『今日から、ここで一緒に暮らすティル君よ。キース君、面倒を見てあげてね。』



 なかば押しつけられるように任された九つも下のこの子は、とてもではないが仲良くできる性格ではなかった。



 全てを敵意に満ちた視線で見据え、何があっても笑いもしない。



 協調性の欠片もなく単独行動ばかりして、機嫌を取るように話しかけても、あまりの身勝手さに怒っても、何も言わずに完全無視だ。



 仲良くする気なんか一切ないという態度に辟易としながらも、責任感からしぶとくつきまとった。



 そうしているうちに、拓也も一言二言程度なら返してくれるようになり、今では自分が相手ならば会話もできるまでになった。



 そんな中で、拓也の可哀想な境遇も聞かせてもらった。

 それ以降は責任感ではなく、なんだか放っておけなくて一緒にいる。



 言うまでもなく、ここに来るまでの経緯が原因で性格がこんなにひねくれてしまったことは、容易に想像できたからだ。



 普通に考えて、嫌だったのに無理やり連れてこられれば、心に傷を負ってもおかしくない。



 しかも、自分を引き渡すことを嫌がる家族が殺されかけたとあっては、その傷の深さはいかばかりか。



 だから、拓也を放っておけなかった。

 この子を一人にしてはいけないと思ったのだ。



 そして、ひとりで頑張るこの子が少しばかり自分と重なって、どうにも他人とは思えなくなってしまったという気持ちもある。



 まあ当の本人には、「同情で一緒にいられるのはいい迷惑。」と一蹴されてしまったが。



「ま、お前の勝手なんて、今に始まったことじゃねぇけどよ。」



 尚希は拓也の隣に座る。

 途端に迷惑そうな視線を向けられたが、気にしないことにした。



「そういえばお前さ、まだ担当者を決めてないんだってな。」



 ピクリ、と。

 拓也の手が震えた。



 ここでは、一定の技術を習得した子供の一人ひとりに担当者がつき、その担当者が子供たちを一人前の術者に育てる。



 担当者によって教育方針も教育過程も違うので、基本的に担当者は面談を実施した後に子供の指名で決定する。



 本当なら、拓也はまだ小児クラスで他の子供たちと一緒に魔法の基本を教わっているはずの年齢。



 しかし、生憎あいにくとこの性格の上に、魔法の飲み込みが異常に早く、小児クラスではもう教えきれないとの判断が出た。



 とはいえ、魔力の強い子供集めている〝知恵の園〟では時たまこういう子供が出てくるので、そこまで珍しいことでもないのだが。



 一週間前から担当者を決めるための面談が始まり、すでに全員との面談を終えた拓也だったが、未だに担当者を指名しないので職員が困っているそうだ。



「決めるつもり、ないのか?」

「………」



 訊ねるも、返ってくるのは徹底した沈黙のみ。

 尚希は肩を落とす。



 拓也が周りを敵視していることは知っている。

 おそらくは、敵に教えを乞いたくないと反発しているのだろう。

 子供だけに、その敵意は素直で顕著だ。



「よし!!」

「何……わあっ!?」



 視界が急に揺れて、拓也が驚きの声をあげる。

 そんな拓也を脇に抱えた尚希は、その場から軽快に走り出した。



「ちょっと…… 一体何!?」

「へへー、臨時面談だ!」



 途端に拓也が大暴れするが、そこは九つも上の尚希に敵うわけがない。

 尚希は口笛を吹きながら、ある場所へと向かうのだった。


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