打ち壊された幸せ

 嫌な何かを感じた直後、自分とお母さんの間に走った光の筋。



 あ、と思った時には遅かった。



「きゃあ!!」



 光の筋が走った所が爆発して、爆音の中にお母さんの悲鳴が混ざった。



 吹き荒れる爆風と煙。

 その中で立ちすくんでしまった自分の体を、誰かが引っ張った。

 抵抗する間もなく、その胸に抱きかかえられる。



「お母さん、大丈夫か!?」



 すぐ傍から降ってくる声に安堵した。



 よかった。

 お父さんだ。



 緊張が一気に解けて、その首にしがみついた。



 お父さんは、倒れたお母さんを大きく揺すった。

 うっすらと目を開けたお母さんは、こちらを見ると、その表情をやわらげる。



「よかった。ティル……無事ね?」



 優しく訊ねられて、うんうんと何度も頷く。



「貴様…… 一体、何者だ!!」



 突然発せられたお父さんの怒号に、自分は身をすくませてしまった。

 父さんの目は、あの男の人に向けられている。



 男の人は無感動にこちらを見つめて、服の内側に手を入れた。

 そこから取り出した紙を広げ、それを突き出すように見せてくる。



 自分にはよく分からなかったが、それを見たお父さんの表情が一変した。



「……城からの人間が、何の用だ。」



 低く問うお父さん。



「〝知恵の園〟からの迎えです。子供を引き渡していただきたい。」



 男の人はさらりと、そんなことを言ってきた。

 それを聞いたお父さんの顔に、瞬く間に血がのぼる。



「ふざけるな!! いくら城の人間でも、わきたえるべき礼儀くらいあるだろう!! 貴様なんかに、誰が大事な子供をそう簡単に渡すもんか! 死んでも、ティルを渡すつもりはない!!」



(……そうだ。あの人、ぼくを迎えにきたって言ってた……)



 お父さんの言葉で、なんとなく意味を理解した。

 目元を険しくするお父さんを見る男の人の瞳が、すっと細まった。



「そうですか…。なら―――」



 その時、男の人の後ろでカッと目を開いたベスが、首を振りながら立ち上がり、男の人に飛びかろうとして―――





「なら、死ねばいい。」





 跳んだはずのベスの体が、男の人まであともう少しというところで、急に落ちた。



 地面に落ちたベスは、苦しそうに前足で地面を引っ掻く。

 それだけではなかった。



 ベスが苦しみ出したように、両親もうめき声をあげ始めたのだ。

 お父さんもお母さんも胸を押さえて、苦しげに顔を歪めている。



「―――っ!?」



 自分には見えていた。



 みんなの体中に、細い糸のようなものが巻きついているのを。

 みんなに絡みついた糸は、その心臓をも捕らえて、ぎりぎりと締め上げている。



「だめ!!」



 みんなが死んでしまうと思った瞬間、男の人に向かって叫んでいた。

 男の人は叫んだ自分を見ると、その顔に凄惨な笑みを浮かべた。



 この人は、本当にみんなを殺してしまう。

 それが伝わってきて、あまりの恐怖に涙が浮かんだ。





「ぼくが行けば……お父さんもお母さんも、ベスも死なないの?」





 震える声で訊いた。



「ティル!!」



 すぐさまお父さんが自分の言葉を遮ろうとするが、苦しさに負けてまた呻く。

 男の人は、にやりと唇を吊り上げた。



 まるで、その言葉を待っていたと言うように。



「ああ、そうだよ。」



 その声は、ひどく優しかった。

 お父さんは、こちらの体を決して離すまいと、きつく抱き締めている。



「ごめんなさい。」



 一言呟き、その腕に手をかけた。

 すると、驚くほどあっさりとお父さんの腕は離れた。



 それに驚いたのは、他でもないお父さんだった。

 自分は驚かない。



 気づいた。



 自分の中に、何か分からない力が渦巻いているのを。

 そしてこの力を使うことが、案外簡単だということも。



「おいで。」



 優しい声で、男の人は手を差し出してくる。

 自分は迷わず、彼の元へ歩いた。



「だめだ…っ」



 お父さんが言う。

 それを聞くわけにはいかなかった。



 お父さんの言うことを聞いたら、みんなが死んでしまう。

 それだけは嫌だった。



 男の人の手に、自分の手を重ねる。

 瞬間、目の前がまばゆい光に満たされて、意識が遠のいていく。





 最後に、お父さんとお母さんの叫び声が聞こえたような気がした。




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