頭から離れない面影

「遅い!」



 受付の前で仁王立ちになっていた尚希は、拓也の姿を見つけるなり、開口一番そう怒鳴った。



「まったく、捜してもどこにもいないし、電話には出ないし。どこで何してたんだよ!」

「ごめんごめん……うわっ」



 小走りで駆け寄った拓也の胸に、紙袋が押しつけられる。

 反射的にそれを受け取った拓也は、その中身を覗いた。



「着替えだよ。とりあえず、先生との話があるんだから行くぞ。」



 尚希は疲れたように息を吐いた。

 きっと、病院中を歩き回って捜していたのだろう。



「ん? ……どうしたんだ、それ?」



 拓也の肩にかかる膝かけに気付いた尚希が、怪訝けげんそうにそれを手に取る。



「あ…。これは、さっき会った人に使えって言われて……」

「ふーん。で? それは、服と一緒に返せばいいのか?」

「あ……えっと……」



 尚希に訊ねられ、返答に窮する拓也。



「ん?」

「えーっと……これ貸してくれた人、多分病院の人じゃないと思う。」

「は?」



 尚希は、ぱちくりとまぶたを叩いた。



「え…? じゃあそれ……誰から借りたんだ?」



「知らない人。おれも、さっきちょっとだけ話したくらいで。本当はちゃんと返すつもりだったんだけど、返そうとしたら持っていけって言われて…。なんとなく、返すに返せなかったっていうか、なんていうか……」



 本当のことを言っているだけなのだが、なんだかどんどん言い訳じみてきてしまった。

 気まずげに目を泳がせる拓也を見ていた尚希は、大きく溜め息をついて片手で顔を覆った。



「……まあ、仕方ないだろ。向こうも、見ず知らずの相手に渡すくらいだ。返してもらうつもりはないだろう。第一、返そうったって無理だしな。」



 苦笑した尚希は、未だに気まずそうな拓也の頭をくしゃりと掻き回した。



「持っていけって言われたんなら、それはありがたくもらっとけよ。いらないなら、その人には悪いけど、捨てればいいんだし。」



「………………ああ。」



 拓也は膝かけを握り締めた。



 考えないようにしているのに、先ほど会った女性のことが頭を離れない。





 ―――できれば、もう会いたくない。





 そんな気持ちが、脳裏を満たした。



 握り締めた拳に鼓動が伝わる。

 まだ心臓が大きく音を立てていて、それにつられて呼吸が乱れそうになる。



 尚希と共に歩きながら、拓也は目を閉じた。





 もう……過去のことにできるかもしれないと思っていたのに―――……




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