懺悔

「まあ…っ」



 ポカンと開いた口を片手で押さえ、久美子はその訪問者を見つめた。



 そこから現れたのは他でもない、今まさに考えていた拓也だったのだ。

 しかし、その様子が少しおかしい。



 青い顔色のとおり体調がよくないのか、拓也は若い男性に体を支えられながらこちらに近付いてきた。



「具合悪いの?」



 椅子に座った拓也に訊くと、彼は疲れた笑みを浮かべて微かに頷いた。



「じゃあ、どうしてここに……」

「連城さんに、聞いてほしいことがあったんです。」



 その声はとても静かで、覚悟を決めたかのように穏やかなものだった。



「おれ、連城さんに謝らなきゃいけないことがあります。」



 拓也の言葉に首をひねる久美子。

 きょとんとした久美子とは対照的に、拓也は蒼白な顔で震える手を握り締めた。



 全てを終わらせるつもりでここに来たのに、やはり久美子を目の前にすると、その覚悟が怖気おじけづきそうになる。



 怖いに決まっている。

 全てを終わらせるということは、久美子が死んでしまうことを意味するのだ。



 許されるなら、逃げ出してしまいたい。

 しかし、これ以上逃げることは許されないから。



 拓也は息を一度吐くと、意を決して顔を上げた。



「おれは、小さい時に母さんを亡くしました。」

「!!」



 突然の告白に、久美子が息を飲む。



 喉の奥に何かがつまっているようだ。

 そんな閉塞感を必死に押し殺し、拓也は続ける。



「おれにはどうしても行かなきゃいけない所があって、家族を守りたい一心でそこに行きました。でもそこに行ったら、家族には会えなくなります。母さんはおれがいなくなった後に倒れて、一年後ようやく会いにいったおれの前で、死にました。」



 久美子は何も言わない。

 あまりの衝撃に絶句しているのは、見るまでもなく分かった。



「子供を失ったショックで死んだんだろうって、近所の人がそう話しているのを聞いて……おれは、自分のせいで母さんが死んだんだと、そう思ってきました。悔やんでも、過去には戻れない。それは分かっているのに悔やまずにはいられなくて、ずっとその気持ちを抱えたまま、ここまで生きてきました。そんな時、ここで連城さんと会ったんです。」



 久美子の姿が、母の姿に重なる。



 その瞬間、押し込めてきた過去が一気にあふれ出して脳内を駆け巡り、久美子の死に対する恐怖が爆発しそうになった。



 母が死んでしまう。

 自分の手によって。



 そんな幻影を必死に振り払いながら、拓也は言葉をつむぎ続ける。



「蓮城さんは、おれの母さんにとてもそっくりでした。初めて会った時、母さんと見間違えるくらいに。」



「え…」



 目をまんまるにしてこちらを見てくる久美子に、拓也は微笑で頷いた。



「似てるんですよ、本当に。だから正直……もう、連城さんに会いたくないと思ったんです。連城さんを見ると、母さんを思い出してしまうから。でも……連城さんと話して、連城さんが息子さんを亡くしていると聞いた時、余計に母さんと似てるなって思ったんです。そしたら、もう逃げるに逃げられなくなっちゃって…。それに、嫌だと思っていた割には楽しかったんです。」



「楽しい?」



 久美子の言葉に、もう一つ頷く拓也。



「連城さんと他愛もない話をして過ごすのが、まるで母さんと話してるみたいで楽しかったんです。おれと過ごす時間に、連城さんが息子さんとの時間を重ねているのは知っていました。でも、おれも連城さんと変わりません。おれも、連城さんに母さんを重ねてましたから。だから、連城さんが死にそうになった時……どうしても、耐えられなかったんです。」



 ぐっと拳に力がこもる。



「連城さんが死にそうになってるところが……母さんの死ぬところに重なって………見ていられなかったんです。だから……やってはいけないことをしました。すみません。」



 とうとう久美子の顔を見ていられなくなって、拓也は深くうつむいた。



 振り払っても振り払っても襲いかかる恐怖に、吐き気すら覚えた。

 胸を引き絞るような思いで、言葉を無理やり吐き出すことに集中する。



「怖かったんです。本当は運命に逆らわずに、見送るべきだったのに……おれには、それができませんでした。母さんが死んでいくみたいで、怖かったんです。」



 目をきつく閉じる。

 喉の閉塞感は増す一方で、もう一言も声を出せそうにもない。

 それでも必死に言葉を押し出す。



「すみません……おれの弱さが、連城さんの運命を曲げてしまった。本当に……すみません。」



 なんとか絞り出した声は、情けないほどかすれていた。


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