思わぬ相手からの電話

 朝からずっと会社の同僚と街中を忙しく駆け回っていた尚希は、ようやく訪れた休憩時間を存分に味わっていた。



「いやぁ、今日は疲れましたねぇ。」



 隣でコーヒーの缶を開けながら、同僚である神崎亮太が暢気のんきな声音で言う。



「お前、全然疲れてるように見えないけどな。」



 言い返しながら、尚希はコートのえりを掻き合わせた。

 昼とはいえ、外の冷気はやはり身にみる。



「そういう植松さんだって、僕から見れば疲れてるようには見えませんよー?」



 なごやかな笑顔で、亮太はそう返してくる。



「何言ってんだよ。もうへとへとだって。」



「またまたぁ。そう言いながらぁ、午後も休みなしで外回りするんでしょう? 午前はまあまあの成果でしたからねぇ……納得できませんよねぇ。」



「納得いかないのは、お前の方だろうが。今度は、誰に恩を売るつもりだ?」



「あははー、内緒です。」



 亮太はにこやかに笑った。



「植松さんと一緒だと仕事がやりやすいし、僕の株も上がるんですよねー。僕のこのゆるい雰囲気で相手をなごませて、そこを植松さんの読心術と巧みな話術でころっと丸め込めば、契約はこっちのもんですよ。いやぁ、いいパートナーが見つかってよかったです。」



「おま……もうちょっと、自分の腹の内を隠すとかしろよ。」



 亮太のあまりにぶっちゃけた物言いに、尚希は呆気に取られてしまう。



「そりゃ、他の人にはこんなこと言いませんって。植松さんが僕の本心を言い当てたりしなければ、こうはならなかったんですよ? 好都合なことに、植松さんは目立つことがあまり好きではないようなので、僕の本音を聞いても、他人に言いふらすようなこともしませんし? こうなりゃ、どんどん利用させてもらいます。」



 にやりとずる賢い笑みを浮かべてこちらを挑発的に見てくる亮太に、尚希は溜め息をつくしかなかった。



「好きにしてくれ。あーあ、変な奴に捕まっちまったよ、まったく。」



「何言ってるんですか。僕の株が上がるすなわち、一緒に組んでる植松さんの株も上がるっていうことです。悪い話じゃないでしょう? 相乗効果ってやつですよ。」



 屈託のない笑顔で亮太は言う。

 そこに先ほど垣間かいま見せたずる賢い笑顔は、欠片も見られなかった。



 尚希は渋面を作る。



 亮太とは、こういう男なのだ。



 あのほんわかした笑顔の下にさっきのずる賢い笑顔を隠して、虎視眈々と上に行くチャンスをうかがっている。



 分析力と観察力も大したもので、常に誰と関われば自分に有利かを見極めている。



 さらに、自分に有益だと思った人や物は絶対に手放さないという、しつこさも兼ね備えているところが厄介である。



 ここまで気に入られてしまった自分は、会社を辞めでもしない限り彼からのがれられないだろう。



 我ながら、迂闊うかつだったと思う。



 しかし、過去の行動をいくら悔いても今さらどうなることでもないので、尚希はこうして溜め息をつくことしかできないのだった。



 尚希と亮太が歩く道を、一際強い風が吹き抜けていく。

 それに身を縮み込ませた時、コートのポケットが震えていることに気がついた。



「ん?」



 尚希はふと立ち止まる。



「どうしました?」



 同じく立ち止まって振り向いてきた亮太が、尚希の表情の変化を見て首を傾げた。



「ケータイが鳴ってて……」



 尚希は亮太に答えながらポケットの中を探り、振動の原因である携帯電話を取り出す。

 画面に映る相手の名前を確認した尚希の目が、まんまるに見開かれた。



「こりゃ……珍しい奴から電話が来たな。」



 呟きながら、ディスプレイの通話ボタンをタップする。



「もしもし?」





「拓也のことで、話があります。時間は指定しませんので、暇になったら電話ください。」





 なんの抑揚もない、冷静な声が電話口から流れてきた。



「え…?」



 用件を聞こうとした時には、時すでに遅し。

 電話口からは、通話の切れた音が響いてくるだけだった。


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