第4章 急転

槻代神社へ

 学校の最寄り駅から、電車で五駅。

 小さな改札を潜り抜けると、肌を突き刺す冷たい風が吹き抜けた。



 駅の改札口からは商店街が伸びていて、様々な商店が軒を連ねている。



 夕暮れが近い商店街にはオレンジ色の日が差し込み、夕食の材料を買いに来た主婦たちや、帰り道を行く学生などで人通りが多い。



 そこから携帯電話の地図アプリを頼りに、住宅地に入ってしばらく歩く。



「実。」



 ある角を曲がったところで、前方から声をかけられた。

 手にしていた携帯電話から顔を上げる。



 そこにあったのは、電柱にもたれかかっている尚希の姿。



 コートのポケットに両手を突っ込んで身を縮ませている様子は、長い時間ここで待っていただろうことを容易に想像させた。



「遅いぞ、実。」

「遅いって……まだ五時になってないんですけど。尚希さんが来るのが早すぎたんですよ。」



 携帯電話を確認すると、五時五分前だ。

 尚希の隣に立った実は、自分の右方向を見上げて。



「ここですか……」



 と、呟いた。



 視線の先には、高い木々に彩られた小高い丘と、上方へと伸びる階段があった。



 丘の隣にはブロック塀で隔てられた小さな公園と駐車場があり、住宅はそこからさらに空き地を挟んだ向こうに連なっていた。



 公園の奥には木々が鬱蒼うっそうと生えていて、この森がいかに広いかがうかがわれる。

 地図を見てもこの森はそこそこ広いようで、森のほぼ中央に神社はあるらしい。



 丘の頂上を目指すように伸びる階段の先には鳥居が見える。

 階段の入り口付近には立て札が刺さっており、そこには〈槻代つきしろ神社〉の文字。



「じゃあ、行きますか。」



 さくさくと階段をのぼり始めた実を、尚希は地面に落としてあったかばんを取って追いかける。



 寂れた雰囲気を感じた割には、神社へ向かう階段には掃除が行き届いていた。



 階段を上りきると、下から見ていた時より幾分いくぶんも立派に見える鳥居が。

 その向こうには、参道と神社の境内が見える。



 有名ではない神社という情報だったが、この神社は自分が住む街にある神社なんかよりもずっと広くて立派だ。



 参道の長さはゆうに五十メートルは超えていて、その奥に鎮座する建物も大きく、遠くからでも荘厳さと畏怖の念を感じさせる。



「うわぁ……」



 予想以上の景観に、実と尚希は二人してしばし立ち止まっていた。



 そんな中―――ふいに、誰かの視線を感じた。



 そちらを見ると、参道の真ん中くらいの所で、竹ぼうきを持った青年がこちらをじっと見つめていた。



 白衣びゃくえ萌葱もえぎ色のはかまを身に着けた青年。

 おそらくは、この神社の関係者だろう。



「………」



 彼がまとう雰囲気に、実はぱちくりとまぶたを叩く。



 不思議な印象を持たせる人だ。



 全身から波風一つ立たない水面を思わせるような静かさをかもしていて、それが後ろの神社と調和して、彼の存在感をある種特殊なものにしている。



 彼は変わらず、まっすぐにこちらを見つめるだけ。



 目が合ってつかの間狼狽うろたえたが、そもそもここに来た目的はここの人間に話を聞くことだったので、ちょうどいいと思い直す。



 実は彼の視線を受けながら歩を進め、彼の前で足を止めた。



「何かご用ですか?」



 丁寧な口調で、彼に問われる。



「死神祓いをしてる神社って、ここでいいんですよね?」



 あえて断言口調で訊ねた。

 すると、彼の表情に微かな揺れが見られた。



「……ええ、そうです。その情報、一体どこで?」

「インターネット。そのことについて、少し聞きたいことがあります。誰か―――」



〝誰か、その話に詳しい人はいますか?〟



 そう訊ねようとしたが、そこで突然襲ってきたのはとんでもない危機感。



 これは―――明らかな敵意だ。



「蓮!! 離れろ!!」



 考えるよりも、戦闘能力が体を突き動かす方が早かった。



「ちょっとすみません。」



 早口に言って、彼の体に触れた。

 その脇の下に手を回し、間を置かずに勢いをつけて地面を蹴る。



 人の跳躍力を大きく超えて、蓮と呼ばれた青年を抱えた実が空中に浮く。

 直後。



 バーンッ



 すさまじい爆発音をあげて、さっきまで実たちがいた場所で炎が噴き上がった。

 上空からそれを見下ろして、実は息を飲む。



「なっ……何!?」



 眼下では炎の後に吹き荒れた爆風が地面をなぜ、尚希がそれを結界でやりすごしていた。



「あれは……」



 ぼそりと、蓮が呟く。



 意外なことに、彼はこの状況に驚いていなかった。



 突然見ず知らずの人間に抱えられて空中に浮いているというのに、その状況に慌てることなく実の首に片腕を回し、実と同じように眼下の状況を観察している。



(何、この人…?)



 違和感を抱きはしたものの、今はそれに構っていられない。



 実は安全圏と思われる位置に着地する。

 しかし、それは甘かった。



 地面に足をつけた瞬間、何かが向かってくることを本能が感じ取る。

 とっさに結界を張ると、間髪入れずに炎の玉が衝突してきた。



 このままでは彼が危ない。

 実は炎の攻撃を結界で受け流しながら、蓮の周囲に別の結界を張った。



「動かないでください。巻き込まれるから。」



 それだけを彼に告げて、自分を守る結界を消す。

 すぐさま炎の玉が迫ってきたが、実はそれをまた跳躍してかわした。



 炎の玉は蓮を守る結界に当たり、弾けて消える。

 蓮を守れていることを視界の端で認めながら、実は素早く尚希の結界の中に入り込んだ。



「何なんだよ、一体!?」

「俺に分かるわけないでしょう!?」



 開口一番怒鳴った尚希に、実も負けじと言い返す。



 状況が分からないのはお互い様だ。

 しかし、再び炎が結界に襲いかかってきたことで、話している余裕は瞬時になくなる。



 蓮が離れたからなのか、手加減が全くない。

 結界を焼こうとする炎は、まるで龍のようだった。



「とにかく、どうにかしないといけませんね。」



 結界を尚希に任せて、実は指を弾いた。



 すると、実の腕に絡むように、水でできた長い管のようなものが二つ現れる。

 炎を龍と例えるなら、水でできたそれは蛇のようだった。



「行け!」



 短く命令すると、二つの水の蛇は勢いよく結界を飛び出し、炎の龍に螺旋を描いて絡みつく。



 じゅう、と音を立てて、そこから激しい水蒸気が上がった。



 実は突き出した手に力を込め、水蒸気の中を睨みつける。

 水に込める魔力を強めると、水蒸気の中に見えていた炎が徐々にその勢力を失っていく。



 これで終わるか、と思ったが……



「ん?」



 もうもうと立ち込める水蒸気の中に別の光が混ざったのが見えて、実は目を細める。

 それが何か分かった瞬間、実はさあっと青ざめた。



「やばっ」



 実が慌てて手をひらめかせると、水の蛇が一瞬で霧散する。

 その直後、水蒸気の中からまばゆい光がきらめいて、尚希の結界にぶち当たった。



 バチバチと音を立てる光。

 雷だ。



「まったく…。むちゃくちゃな……」



 実はそうぼやく。

 雷が当たる寸前、水蒸気の向こうに誰かの存在を確認できた。



 蓮と同じく、白衣びゃくえ萌葱もえぎ色のはかま

 この騒動を引き起こしている人物もまた、この神社の人間らしい。



 どうりで蓮が驚かないわけだ。

 となると、できるだけこの事態を穏便に収めたいところではある。



「おい、実。どうするんだ?」

「どうするもこうするも……これを使うしかなさそうですね。」



 言った実の手に握られていたのは、細かな紋様が刻まれた銀色の腕輪。



「お前が使ってる魔封じの腕輪か…。効くのか?」

「そりゃ効くでしょう。尚希さんも分かってるはずですよ? この力の正体に。」

「まあな。」



 実は電撃の向こうに目をらす。



「尚希さん、援護を! 俺は相手の動きを止めます!!」

「了解!!」



 尚希が片手を挙げる。

 その後の爆発音を聞きながら、実は結界を飛び出した。


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