得も言われぬ恐怖

「くっ…」



 爆発音と共に吹き荒れた強風と土ぼこりに、彼は片腕で目をかばって歯を食い縛った。



 こんなに強いなんて……



 心の中は、そんな後悔じみた思いに満たされていた。



 単に、彼らを追い払えればよかった。

 まさか、彼らが応戦してくるとは思わなかった。



 そして……彼らの実力がこちらを遥かに上回っているなど、想像だにしていなかった。



 本音を言えば怖い。

 しかし、退くのは己のプライドが許さない。



 苦戦を強いられている状況だが、引っ込みがつかない以上、ここは何がなんでも踏ん張らなければ。



 周囲は土埃のせいで視界がかない。

 この土埃に紛れて、どこからどう攻撃してくるつもりだろうか。



 鋭い闘気を感じる前方を睨みながら、意識は四方八方を警戒する。



 しかし―――次の攻撃は、予想もしないところから繰り出された。



「!?」



 それは、自分の足元から。

 何かに左腕を掴まれ、思い切り引っ張られたのだ。



 あまりの唐突さと力強さに、気付けば膝をついていた。



 視界いっぱいに広がる参道の石畳。

 視界の端に映る自分の左手には、木の枝が巻きついていた。



「―――っ!?」



 ぐいっと。

 今度は、右手首を何かに掴まれた。



 手首を掴むものから生温かさと柔らかさが感じられて、それが人の手であることが分かる。

 そうと分かった瞬間、頭の中で恐怖が爆発した。



 どうして!?

 後ろからの気配なんて、全然感じなかったのに!



 混乱する意識の中、手を振り払おうと攻撃を仕掛けようとするも、それは叶わなかった。

 こちらの手首を掴んだ手は、素早くこちらの手首に何かを取りつけたのだ。



 カチリと音がして、手首をひんやりとした感触が包む。

 その瞬間、自分の中に満たされていたはずの力がふっと消えた。



 さっきまで大いにふるえていたはずの力が、体の奥に引いていって沈黙してしまう。

 どれだけ意識を集中しても、何も起こらない。



 自分の異変を察知したようなタイミングで消えていく土埃。

 晴れた視線の先には石畳と、自分の腕に絡みつく、参道沿いの植木から伸びた木の枝。



「……ようやく終わった。」



 頭上から、どこかほっとした雰囲気を漂わせる声が。



 そちらを見ると、外国の血を感じさせる淡い栗毛色の柔らかな髪と薄茶色の瞳を持った少年が、困ったようにこちらを見下ろしていた。



「くっ…」



 唇を噛み締める。



 何もかも、こいつのせいだ。



 少年は睨まれても、顔色一つ変えなかった。

 彼は無言でこちらの手を離し、どこか優雅な仕草で指を振る。



 するとそれに応えるように、自分の左腕に絡まっていた木の枝が動き出して、元の植木の中へと消えていった。



 思わず自由になった両手を確認し、ハッと我に返って再度少年を睨んだが、その時の彼はこちらを見ていなかった。



 少年の視線の先には、少年の連れと思われる男性が立っている。



「尚希さん。援護完璧です。」

「当然。オレを誰だと思ってる。」



 微笑む少年に、男性は軽く手を振って答えた。

 そんな少年に対するなんとも言えない感覚が、頭と心を支配する。



 視界が、しゃをかけたようにかすんでいく。

 そんな頭を満たすのは……





 警戒、危機、嫌悪、違和感、恐怖恐怖恐怖―――





「―――っ」



 気付いたときには、少年に飛びかっていた。



「わっ!?」



 無意識に繰り出していた拳は、寸でのところでけられてしまう。

 間髪入れずに次の攻撃を繰り出したが、少年はその全てを避けていく。



「わっ……ちょ、ちょっと待って。落ち着いて!」



 攻撃をかわしながら少年が言ってくるが、それは自分の中に意味を持った言葉として入ってこなかった。



 よく分からないけど、とにかく怖い。

 何も考えられないまま、無意識の何かに操られるかのように体が動いていた。



 一瞬の隙を突いて、ついに少年の腕を捕らえる。

 ぐいっと少年の体を自分に近づけ、その腹目がけて膝蹴りを食らわそうとした。



 少年はとっさに腹をかばって、自由な方の腕で蹴りを受ける。



「いっつ…」



 わずかに顔を歪める少年が、明らかに敵意のこもった目でこちらを睨んできた。



「いい加減に、しろ!」



 低く怒鳴った少年に足を払われて、天地がひっくり返る。

 それでも立ち上がろうと膝をついた時、ふいに見慣れた萌葱もえぎ色が目の前に見えて―――





 パンッ





 見上げたと同時に、頬に衝撃が走った。


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