第6章 別れの時

その魂、より輝いて。

「……つっ…」



 暗闇の中、実は胸を押さえて冷たい床に倒れていた。



 刻一刻と迫るタイムリミットを教えるように、刻印がされた胸が脈動している。

 時間が経過するにつれ、刻印の存在が全身を満たし、苦痛を呼んだ。



「くっ…」



 あまりの苦しさに、胸を押さえる指がシャツの下の肌に食い込む。



 まるで、心臓を直に掴まれて締めつけられているようだ。

 その苦痛に、息もできなくなりそうになる。



 酸欠に肺が空気を求めてあえぐが、胸から全身を貫く苦痛が邪魔して上手く呼吸ができないのだ。



 初めは胸の激痛だけだったというのに、今は甲高い耳鳴りが響いて、視界にかすみがかかっていた。



 苦痛にもがく体力もすでになく、ろくに起き上がることもできない。

 目を開く力すらなくなって目を閉じれば、より一層苦痛を敏感に感じてしまう。



 それでも、負けるわけにはいかない。



 実はまぶたの裏の暗闇の中で、意識だけは手放さないように闘っていた。



 遠のきかける意識を、胸に爪を突き立てる痛みで無理やり引き戻す。

 できるだけ深く呼吸をして、少しでも多くの空気が肺に入るように意識した。



 それらの努力を無に帰そうとする苦痛に、底なしの気力で抗う。



「本当によく粘る。普通なら、とっくに気絶しているというのに。」



 そんな実に、水晶玉の中を覗いていた死神が微かな笑みを含めた声で言った。

 その様は、敗者をわらって見下ろす不敗の勝者のよう。



 超えられるはずもない壁に挑み、絶望しながら散っていく愚者を、彼は心からあざけっていた。



 冷笑を満面にたたえ、彼は目の前に倒れる新たな愚者を見つめる。



 この人間の魂は、なかなか見ることのできない逸材といえた。



 ここまで追い詰められてなお、その命の輝きを曇らせない。



 すでにその魂と体の全てが刻印の支配下にある状態にもかかわらず、それに飲まれることなく、自我と意識を保っているのだ。



 刻印がむしばむほどに、その魂は輝きを増す。



「ふふ…」



 死神はわらう。



 ―――もっとだ。



 暗い欲望が、どろりと渦巻く。

 その欲望がおもむくままに、彼は指揮者のごとく腕を大きく振るった。



「ぐっ…う…っ」



 瞬間、押し殺したうめき声が死神の耳朶じだを打つ。

 彼はそれに、なかば驚嘆の意を覚えた。



 今ので、実をむしばむ苦痛は一気に増したはずだ。

 それなのに叫び出さず、呻くだけでやり過ごすとは大したものだ。



 ただでさえ苦痛にさいなまれている体に、さらなる苦痛を重ねて追い討ちをかけたのだ。

 気を失ってもおかしくはなかったというのに。



「ふむ、耐えたか。別に、眠っても構わなかったのだぞ?」



 からかって言ってみると、倒れて身を折る実が目を開いた。



 まっすぐにこちらを映したその双眸は、視線で射殺さんばかりのすごみでこちらを睨み上げてくる。



 そこに未だ宿る強い生命力は、死神を歓喜に打ち震えさせた。



 また魂の輝きが増した。

 なんと美しいのだろうか。



 死神はさらに腕を振るう。



「―――っ」



 声にならない悲鳴をあげて、実は再び身を折る。

 そして苦痛に歪む顔とは相反するかのように、さらに魂は輝く。



「ふふふ……」



 気付けば、笑い声が零れていた。



 もっと。

 もっと輝きが欲しい。



 最後の最後まで抗ったこの魂は、最終的にどんな輝きを見せてくれるのだろうか。

 そしてその魂を狩る時、自分はどれだけの高揚感に包まれるだろうか。



 それらを想像して、死神は愉快そうに笑った。


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