出した答えは―――

 提示されたのは、命の取引。



 ようは助かるなら二人一緒に、そして死んで魂を狩られるとしても二人一緒にということだ。



 そんな重い代償のやり取りを〝ゲーム〟という軽い言葉で片付けるとは。

 嫌悪感で吐き気がしそうだ。



「受けるも受けないも、お主次第。受けないなら、私はあの者の魂をさっさと狩って、お主の元からも消えよう。」



 このゲームを受ければ、自分の命も危うくなる。

 しかし逆にゲームを拒否すれば、拓也が確実に命を落とす代わりに、自分だけは確実に助かる。



 この死神は、自分が助かる選択肢をちらつかせて、こちらを揺さぶってきているのだ。



「どうする?」



 死神は笑う。

 実はそれにすぐには答えず、一度瞑目した。



 このゲームを受けると宣言するのは簡単だ。

 でもこのゲームを受ければ、自分が賭けるのは自分の命だけじゃない。



 自分には、桜理を救うために聖木たちと交わした誓約がある。

 もしこのゲームに負けて自分が死ねば誓約は破棄となり、桜理も道連れに命を落とすことになるだろう。



 自分にとっては、桜理のことが最重要項目。

 彼女の命を危険にさらすことになるのには、かなりの抵抗があった。



 しかし、突きつけられた選択肢はこんなにも悩ましい。



 桜理を確実に守るためには、拓也を見捨てなければならない。



 桜理を危険にさらすか、拓也を見捨てるか。



 どちらが嫌かと問われれば、すぐに前者と答えるだろう。

 だからといって、拓也を見捨てることはどうしてもできない。



 命というものは、それほどに重いのだ。



 最善は全員が助かること。

 そのために選ぶ道は、最初から一つしか用意されていない。



 ―――ここは、腹をくくるしかないだろう。



 静かに目を開いた実は、目の前の死神をじっと見据える。





「いいだろう。そのゲーム、受けてやる。」





 はっきりと、そう宣言した。



(信じるからね、拓也。)



 長い逡巡しゅんじゅんの結果、実は自分と桜理の命を賭けることを選んだ。

 もう、後戻りはできない。



「よくぞ言った!」



 彼は上機嫌で言うと、実の胸――ちょうど心臓の上――にトンと指をつけた。



「―――っ!!」



 突如指をつけられた胸から、電撃をくらったかのような衝撃が突き抜けた。



 実の体が大きく痙攣けいれんし、その全身が強張る。

 そんな実を見据えたまま、彼が意味の分からない呪文を唱え始めた。



「う……く…っ」



 体と意識が、激しいしびれに支配される。

 鈍麻する五感と思考の中、指が触れる胸だけがひどく熱い。



 実の胸と彼の指の間に火花を伴った光が弾け、実の体が一際大きく痙攣する。

 それが、終了の合図だったようだ。



 痺れと熱から解放された実の体が、力を失ってぐらりと揺らいだ。

 その体を、死神が軽々と支える。



 全身をさいなんでいた痺れは、思ったよりも早く残滓ざんしすら残さずに消えていく。



 体がすんなり動くようになったことに気付くや否や、実は即座に死神から離れた。



「何をしたんだ?」

「契約の刻印をしただけだ。」



 言われて、実は無意識に胸に手をやった。



 確かに胸に―――いや、魂に何かを穿うがたれた気がする。



「あの者が死んだら、お主の魂はその刻印に捕らわれて私のものになる。そういう刻印だ。あの者が生き延びた場合は消えるから、安心するがよい。」



 そこまで言うと、死神はふいに肩を震わせた。

 何事かと問うより先に、彼は我慢しきれなくなったのか、声高らかに笑い出す。



「ふふ………あはははは! さあ、ゲームの始まりだ。共に楽しもうではないか! あはははは! はははははは!!」



 彼の笑い声に反応してか、胸が熱を帯びる。

 笑い声は大きく反響して、その空間を満たしていった。


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