掴んだ手がかり

「どうでしたか?」



 実は教室のベランダに寄りかかりながら、電話の相手へと問いかけた。



 バッチリと校則違反だが、万が一にも詩織に聞かれるわけにはいかないし、教室には誰もいないし、ここ目をつむってくださいということで。



「うーん…。大した情報はないかな。」



 携帯電話の向こうから、欠伸あくび混じりの尚希の声。



「昨日拓也が帰ってきたのが七時くらいだったから、どこ行ってたんだって訊いてみたんだけど、普通に病院って答えられた。診察日じゃないことを突っ込んだら、あっさりと見舞いに行ってたって言ってきたよ。」



「なるほど…。ということは―――」



「ああ。どうやら、隠す気はないらしいな。なんか、お茶した時に仲良くなったんだと。それ以上の詳しい話は聞けなかった。あんまりしつこく聞こうとすると、怪しまれるからさ。大した成果もなくて悪い。」



「いえ、今のところは十分です。」



 正直なところ、昨日の今日では何も情報がないだろうと思っていたので、さっそく拓也から話を聞いてくれただけでもありがたい。



 ばつの悪そうな雰囲気を漂わせていた尚希は、実の返答にほっとしたようだった。



「じゃあ、俺からの報告ですけど……」



 実は持っていた何枚かの紙を見る。



「昨日色々調べてみたんですけど、隣の市に槻代つきしろ神社という神社があるんです。知ってますか?」

「いや、初めて聞く。」



 それはそうだろう。

 自分だって、昨日初めて知った。



 実は先を続ける。



「ここって、別に有名ってわけじゃない神社らしいんですけどね。ただ、普通の神社がしていることの他に、死神祓いっていうのもやっているそうです。」



「!!」



 電話の向こうから、息を飲む気配が伝わってくる。

 そこで実は、にやりと口の端を笑みの形に歪めた。



「どうです? 面白い情報でしょ?」



 昨日、図書館に行ってもいい結果を得られず、家でパソコンに向かい、ようやく手にした情報だった。



 しかも、これはどこかの掲示板の、気を抜けば見のがしてしまいそうな小さな書き込みから見つかった情報なのだ。



 これを見つけるのに、昨日予定していた勉強時間のほとんどを使ってしまった。



「そこ、どこにあるか分かるか?」



 拓也のことだけに、食いつきがいい。

 やはり観察しかできないという状況は、尚希にとって我慢できないもののようだ。



「詳しい住所は後でメールします。今日の放課後、そこを訪ねてみようと思うんですけど―――」

「ついていくに決まってるだろ。」



 訊く前に断言する尚希。



 今すぐにでも飛んできそうな勢いの断言に、実はぱちくりとまばたきを繰り返す。

 そして。



「……ぷっ」



 思わず噴き出してしまった。



「おい! なんで笑うんだ!?」



 そのまま声をひそめて笑い出した実に、尚希が非難の声をあげる。



「尚希さん、本当に一生懸命ですね。まるで、家族とかのために動いてるみたいな必死さですよ? ……まあ〝知恵の園〟にいた時からずっと一緒だったらしいから、あながち間違った表現ではないですけど。その必死さ、ちょっとは自分のことに回した方がいいと思いますよ?」



「それ、どういう意味だよ。」



「尚希さん、その保護者精神で拓也や俺のことばかりぼやいて、エーリリテの機嫌を損ねたでしょう?」



「なっ……なんでそれを!?」



 驚愕に上ずった声が電話口から響く。

 電話の向こうで赤面して慌てている尚希の姿を想像して、実はまた笑い声を零した。



 だが、焦っている尚希はそこに突っ込むことはおろか、こちらが笑ったことに気付くことすらできていない。



「あの後、猛獣化したエーリリテから八つ当たりされて、何度か殺されかけてるのは俺ですから。そりゃあ、大体のことは知ってますよ。そろそろほとぼりも冷めた頃でしょうから、また会いに行ってあげてくださいね。じゃあ、今日の五時に槻代神社前で。適当に抜け出してきてください。それじゃ。」



 尚希が何か言う前に、実は素早く通話を切る。



 このまま電話を繋いでいたら、尚希がエーリリテの様子を聞き出そうとするに決まっている。

 そうすれば、話がまた長くなってしまう。



 時計を見れば、もう八時十分。



 あと十五分で始業のチャイムが鳴る。

 尚希と話している間に、空だった教室には何人もの生徒が登校してきていた。



 もうそろそろ、拓也も教室に入ってくるはずだ。

 電話を切る少し前、拓也が校門をくぐるのを確認している。



 実は携帯電話をポケットにしまうと同時に、自分にかけていた気配消しの魔法を解く。

 ベランダから教室に移動し、すぐ側にある自分の席に座った。



 頬杖をついて、拓也が入ってくるであろう教室のドアを見やる。

 その数秒後、ドアの向こうに見える階段から拓也が姿を現した。



「………」



 極力表情を殺して、拓也をじっと見つめる。



 拓也の背後には、昨日と同じく黒いもやがまとわりついていた。



 内心、昨日のことが全部見間違いだったらと少し期待したかったのだが、所詮ははかない現実逃避だったようだ。



 しかも……



「………」



 実は眉を寄せざるを得なかった。



 靄が変化していた。



 より明瞭になったとでも言えばよいだろうか。

 昨日は薄ぼんやりとして景色に溶け込んでいた靄の輪郭が、今ははっきりとしていた。



 それによって、靄の形が全身をマントで包んだ人のように見える。

 これでは、靄というより影だ。



(これに骸骨の顔でも見えたら、最悪だな……)



 不吉なことを思う自分を抑えられたらいいが、状況はかんばしくない。



 昨日の今日でこの変化だ。

 尚希には数日でどうにかなるものではないだろうと言ったが、これはかなり急いだ方がいいかもしれない。



 拓也は席に着くと、すぐにノートを広げて勉強姿勢に入った。



 字に関わるものに集中すると、拓也は周りに反応しなくなる。

 これは好都合だ。



 実は席を立つと、ゆっくりと拓也に近寄った。

 万が一の場合も考えて、気配はできるだけ消すようにする。



 そうして拓也のすぐ隣まで来たが、拓也はノートに集中していて、こちらに気付く気配もなかった。

 これ幸いと、実は拓也の背後で揺れる影を至近距離から観察する。



 近くから見ると、影はそこまで濃い色をしているわけではなく、周囲の風景を透かして見せていた。

 大きさは、自分や拓也より少し大きいくらい。



 実は適当な方向に視線をやりつつ、さりげなく腕を上げる。





 少しずつ虚空を滑るように、手を影へと―――




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