決着にはまだ早い
熱い。
痛い。
全てを覆い尽くすかのような混沌とした闇の中。
感じるのはそれだけだった。
熱を帯びた痛みは胸から発せられ、全身を炙っている。
のぼせたかのように頭がぼうっとして、痛みの中からあふれる抗いがたい睡魔は、意識を瞬く間にかっさらっていくようだ。
もしかしたら、このままこの闇に飲まれてしまうのかもしれない。
(……それもいいかな。)
一瞬、そう思った。
「何をしているのだ!!」
その時ふと耳に飛び込んできたのは、嫌味なほど聞き覚えのある声。
「お前の命の火が弱っているのに気付いて来てみれば……私は、こんなことなど許していないぞ!!」
むかっときた。
「うるさいなぁ…。俺がどうしようと、俺の勝手だろ。」
不愉快さは、痛みや眠気にも勝るらしい。
実は目を開いた。
「そうだろうな。お前には都合が悪いよな。大事に育ててきた器が、自分の知らないところで消えるかもしれないなんて。」
自分を見下ろしているレティルに、実は嘲笑を向けてやる。
レティルは厳しく眉を寄せる。
彼にしては珍しく、この状況に焦っている様子だった。
いい気味だ。
少なくとも、今のこの事態はレティルの想定にはない出来事。
いつも自分の思うように事を運んできたレティルにとっては、まさに寝耳に水の事態だろう。
レティルの鼻っ柱をへし折ってやったかと思うと、少々気分がよかった。
「このまま俺が死ねば、あんたの計画も壊れるのかな?」
重ねて言ってやると、レティルはぐっと唇を噛み締めた。
「こんなもの…っ」
レティルが実に向かって手を伸ばす。
「―――そのくらいにしてもらおうか。」
次の瞬間、実たちを包んでいた闇が一気に晴れた。
代わりに広がったのは、水の滴る音が不思議に反響するあの空間。
会話に横槍を入れた死神は、実たちから離れた椅子に座ってレティルを見据えていた。
「退くがいい、異世界の神よ。これは、私と彼の遊びだ。邪魔はさせない。ここではどちらの力が勝るか、お主も分かっておろう?」
「―――っ。………死んだら、許さないぞ。」
悔しげにそう吐き捨てて、レティルは空気に溶けるように消えていった。
あの神にしては、随分と潔い態度だ。
ぼんやりとそう思った、次の瞬間。
「うく…っ」
再び走った胸の激痛に、実は身を折る。
「ふふ…。体を
いつの間にか実の傍に立っていた死神はそこで屈み、苦痛に耐える実の顔をどこか愛おしそうに覗き込んだ。
実はキッと死神を睨む。
何も言わず、ただ負ける気はないという強気を
ここに連れてこられたということは、もう自分の出る幕はないと彼が判断したからだろう。
後はもう、定められた終幕へと向かう物語をゆっくりと見物するつもりなのだ。
それとも、愚かにも負け戦を受けたこちらの最期をその目で見るつもりだろうか。
どちらにしろ、いい趣味ではないが。
死神は嬉しそうに笑みを深めると、実の額に浮かぶ脂汗をすっと拭った。
「よい目だ。今までの人間は、ここまで来ると絶望していたものだったが、お主は一味違うらしい。ますます欲しくなったぞ、その魂。」
「まだ、あんたが勝つとは決まってない。」
言うも、死神の表情は全く揺れない。
どうせ、言葉だけの強がりとでも思っているのだろう。
それでもいい。
「最後の最後まで何が起こるか分からないのが、勝負ってもんだぜ。」
実は挑むように、口の端を吊り上げてみせた。
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