狩人

「拓也、尚希さん…っ」



 実は、ここに来るはずのない二人に目を奪われる。

 一方の拓也たちも、実の様子に絶句していた。



 傷は塞がっているものの、裂け目と血だらけの制服。

 大きく上下する胸と肩と、限界を滲ませる表情。



 まさに満身創痍ともいえるその状態に、二人―――特に、拓也は驚愕を隠しきれなかった。



「二人とも……どうして……―――っ!!」



 実は身を強張らせる。

 自分が口を開いたのとほぼ同時に、前方にいた黒い影が音も立てず動いたのだ。



 死神は拓也たちの元へあっという間に辿り着くと、混乱で何もできず棒立ちになる拓也へと鎌を振り下ろした。



「拓也!!」



 実はとっさに、ズボンのポケットに手を突っ込む。

 そこで掴んだものを、懇願にも似た思いと力を込めて勢いよく放った。



 両手で自分をかばう拓也と死神の間に、一枚の紙が滑り込む。

 その紙は拓也を守る結界を作り上げ、死神の鎌を受けた。



 鎌と結界の間に激しい火花が散り、電撃のようなものが鎌を伝って死神に至る。



「くっ…」



 死神が今まであげなかったうめき声をあげ、慌てたようにそこから退いた。

 役目を終えた紙は、はらりと拓也の前に落ちる。



 それは槻代つきしろ神社で蓮から受け取った護符だった。



「やっぱり……こっちのものの方が、効き目はいいらしいな。」



 腕を押さえる死神に、実は大きく呼吸しながら告げる。



 本当に、とっさの判断だった。



 拓也に危機が迫ったと理解するや否や、脳裏に蓮がくれた護符と彼の言葉がよみがえったのだ。



 しかしよく考えてみれば、いにしえよりこの死神と戦ってきた九条家が作ったものだ。

 彼に効かないはずはない。



「お主……私にゆかりのある土地へ行ったのか。」



 死神が実に厳しい視線を送る。



 さっきまで余裕しか見せていなかった死神が、こんなに態度を変えるとは。



 蓮は自分たちの力が及ばなかったといった旨の発言をしていたが、九条家を初めとする古来の術者たちは、この死神にとってかなりの脅威となっているのかもしれない。



「別に、拓也にあんたのことを話したわけじゃないんだ。ルール違反ではないだろ?」



 それに驚きを示したのは、他でもない拓也だ。

 何故急に自分の名が出されたのかと、懐疑的な色がその表情に浮かぶ。



「確かに、違反ではないな。だが―――」



 低く零した死神の目が、底冷えするようなすごみを帯びた。

 その次の瞬間、死神の姿がそこから消えた。



「!?」



 実は息を飲む。

 まばたき一つの間に、死神の姿が目の前にあった。



 死神が胸に手を当ててくる。



 しまったと思った時には、死神の手から全身にかけて落雷にも似た衝撃が貫いた後だった。



「―――っ」



 その衝撃に弾き飛ばされ、着地することもできず地面に背中から叩きつけられる実。

 そんな実の肩口に、死神の鎌の柄が叩き込まれた。



「うっ…」



 実はうめき声をあげて、反射的にその柄に手をかけた。

 しかし、容赦ない力で押し込まれる柄は、限界が近い力ではびくともしない。



 しかもさっきの衝撃で気力と体力をほぼ削がれてしまい、全身に入る力もひどく弱かった。



 自分を真上から見下ろす死神の目は冷たく、そして鋭い。



「お主はよくやった。この私を相手に、こんなにも食らいついてきたのは賞賛に値する。だが―――ここまでだ。」



 冷酷に言い渡される、最終宣告。

 それを、実はどこか遠い意識で聞いた。



 全身をさいなむ疲労感や苦痛、肩に走る痛みも全て、じわじわとしたしびれに侵食され、おぼろげになってくる。



 疲弊しきった体の奥から脱力感と眠気があふれ出してきて、それが津波のように思考を覆い尽くそうとしていた。



(やばいなぁ……)



 実は死神をぼうっと見る。



 かすんだ視界に映る死神の姿はゆらゆらと揺れていて、拓也の背後にいていたあの影を彷彿とさせた。



 くぐもってきた音の世界。

 微かな耳鳴りがする中、やけにはっきりとした音が聴覚を刺激した。



 その音を聞いた実は弱々しく微笑む。

 追い詰められ、死を目前にしているにもかかわらずだ。



「そう……簡単に、渡すかよ。」



 この一言を言うのに、途方もない労力を要した。

 もう、指一本動かす力もない。



 するり、と。

 実の手が、鎌の柄から離れた。



 死神は実の言葉を聞き流している風だった。

 抵抗するすべを失った実の言葉など、所詮は最後の強がりだと思っているようだ。



 死神は、無言で鎌を大きく振り上げる。

 拓也たちが弾かれたように動き出すが、死神の動きの方が格段に速かった。





 にぶい音を立てて、鎌が実の胸に突き刺さる。





「―――っ!? 実――っ!!」





 拓也と尚希の叫びが大きく響く。




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世界の十字路4~その腕は禁忌への誘い~ 時雨青葉 @mocafe1783

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