世界の十字路4~その腕は禁忌への誘い~

時雨青葉

プロローグ

彼の気まぐれ



 ―――退屈だ。





 彼は欠伸あくびをする。



 時おりどこかで水の滴る微かな音が反響する周囲は、広くてほのかに暗い。



 この不思議な空間だけが彼の世界。

 他には誰もいない。



 彼はもう何十年、何百年こうしているだろう。

 昔に比べて、彼を見ることができる人間は激減した。



 彼の存在におののき、必死に抵抗し、そして結局最後は散っていく。



 昔はそんな人間も多かったというのに、今となっては彼の存在自体を知らない人間ばかりだ。

 昔のように、あえて彼に勝負を挑んでくる命知らずな変わり者もいない。



 彼はすでに、人々から忘れ去られようとしている存在だった。



 誰にも干渉されず、忘れられて、波風の一つも立たなくなった彼の世界。

 そんな世界が、彼はただ退屈だったのだ。



「……おや?」



 水晶玉に手をかざしていた彼はふと呟いた。

 その水晶玉には、交差点を行き交う人々を俯瞰ふかんした映像が映っている。



 彼はその中に、興味深いものを見つけた。

 思わず、それを食い入るように見つめる。



「……ふふ。」



 自分の目が輝き、胸が高揚しているのを感じる。

 こんな気分は久方ぶりだ。



 彼は口の端を上げた。





 ―――これは、なかなか面白いことが起こる予感がする。




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