エピローグ

苦戦



「くっ…」



 硬質なガラスを思わせる床を、靴が激しく踏みしめる音が高く響く。



 実は右の二の腕を左手で握り締め、目の前の敵を睨んだ。

 二の腕に負った傷からは、止めどなく血が流れている。



 死神は大振りの鎌を構え、空中に浮かんでいた。

 彼は狙いを実に固定し、空を切るような速さで実に接近する。



 実は舌打ちをすると、血が流れる右腕から手を離した。

 そこからの出血はもうない。



 横に飛びのき、振りかざされる鎌の襲撃からなんとか逃れる実。

 しかし死神は、流れるような動作で実を追跡しつつその鎌を振るう。



 それを結界でしのぐも、死神の鎌は結界ごと自分を弾き飛ばしてくる。

 地に足をしっかりつけ、壁に激突するのだけは免れる。



「………っ」



 実は眉を寄せる。



 完全に押されていた。



 こちらがどんな攻撃を仕掛けても、あの死神に致命傷を与えられない。

 それに対して、死神は人並みはずれた素早さとあの鎌を使って、どんどんこちらを追い詰めていた。

 さっきからあの鎌で何度も怪我をさせられては、即行で治療するを繰り返している状況だ。



 死神が動き出したので、実もそれに応戦する。

 鎌を振り上げてきた死神の目の前に、結界を最大の強度で張る。



 問答無用で結界にぶつかった鎌が火花を散らした。

 実はすっと目を細める。



 その瞬間、その火花がガスに引火したかのように大爆発を起こした。

 爆風と煙幕が激しく吹き荒れる中、実は気配を殺して走り抜けて死神の後ろに出る。

 両腕に力を込め、それを大きく振るう。



 実の動きに気づいて振り返った死神のローブに裂け目が走った。

 ちょうど首の辺りだ。

 実は間髪入れずに手中に光球を生み出し、渾身の力を込めてそれを放った。



「………っ」



 まともにその攻撃をくらった死神が、少しよろける。

 しかしそれ以上は実の攻撃を許さず、彼は素早く実と距離を取った。



 実は魔力を具現化させた剣を片手で構える。



 あそこまでやっても、この死神には大したダメージを与えられていないようだ。



「ふむ。この私に攻撃を当てられるとは、大したものだ。しかし、だいぶ息が上がっているようだが?」

「―――っ」



 余裕の笑みを向けられ、実は奥歯を噛み締める。



 この死神は、決して自分にとどめを刺さない。

 少しずつ力をこそぎ取って、じわじわと弱らせていくのだ。

 まるでいたぶるように、その攻撃は陰湿なものだった。



 元より、こちらはかなりの力を使っている状態で始まったこの戦い。

 どちらが有利かは、火を見るより明らかだった。



 顎に伝う汗を拭う実。



 どんなに所業が悪くても、神は神。

 強さが桁違いだ。



 あのレティルですら素直に退いたのだ。

 自分が敵う可能性など、ほとんどないのだろう。



 この神を相手に、自分が生き抜くことなどできるだろうか。



 そう思った瞬間、ざわりと胸の奥がざわめいた。

 むくりと鎌首をもたげる、あの破滅願望。



 妙な脱力感に教われ、実は慌てて首を振った。

 きつく眉根を寄せ、死神を厳しく睨みつける。



「だからって、素直に渡せるもんじゃないんだよ!」



 実は地を蹴った。

 死神は余裕の動きで鎌を持ち上げる。

 そこに実が振り上げた剣が、にぶい音を立ててぶつかった。



 互いに相手を押し合い、刃物同士がこすれあう嫌な音が響く。

 力は拮抗し、交じり合った剣はその場で静止した。



「何故、そこまでむきになる?」



 ふいに、死神が実にそう訊ねた。



「そこまで死にたくないなら、特別にお主の人格を生かしておいてやってもよいぞ? その現世に繋がれる体を脱ぎ捨てるだけで、私の元で永遠に生き続けることは可能だ。」



「ふざけるな!!」



 実は死神の言葉を即で斬って捨てる。



「俺は、この体を手放すわけにはいかないんだよ。俺は、大事な人の命を預かってるんだ! 体だけの死だろうとなんだろうと、自分が持って生まれたものを受け入れるって決めた俺に、死ぬことは許されない!!」



 叫んだ勢いで鎌を押しやり、剣のつかを死神の鎌を握る手に向かって叩き下ろした。

 鎌が死神の手から落ちるのを確認する前に、その首目がけて剣を繰り出す。



 突如、腹に衝撃が走った。

 死神がこちらの鳩尾みぞおちに蹴りを見舞ったのだ。



 その勢いを使って、死神は実から離れる。

 腹を押さえながらも、実は死神から目を離さない。



「ふふ…。なるほどな。」



 死神は面白そうに呟いて、自身の首に手を添えた。



 そこからは、血が一筋流れている。

 先ほどの攻撃でつけた切り傷だ。



 なんということだろう。

 普通の人間なら、今ので完璧に死んでいたはずだ。

 確かに切った感触はあったというのに、つけられた傷はあの程度だったらしい。



 死神は笑う。



「確かにお主の魂は、何人もの命をその内に預かっているようだ。つくづく、その魂は不思議であるな。時々、お主が人間であるのが疑問に思えてならん。」





 





 その言葉に、緊張感も戦慄も忘れてしまった。


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