第79話 ようこそ、☆10の世界へ!

 騒動からどれくらいたっただろう。

 突然、ドラゴンが空から降ってきて建物を破壊し、さらにアンデッドが次々と住民を襲う事態に陥った。

 最初は、お祭りの出し物かな、なんて呑気に考えていたけれど、とてもそんな空気じゃなかった。

 私は慌てて手近にいたドラゴンの尻尾を掴んで空中に放り投げ、アンデッドのお尻を蹴っ飛ばして退治しながら、町を回った。

 それにしても数が多いこと。路地裏まで確認すると時間がかかってしょうがない。

 途中、同じ作業をしていた王国騎士団のメイブルンさんとすれ違った。

 彼は表情を和らげてから、きゅっと引きしめて言った。

『偶然とは思えません。この数の竜に命令できるものは限られます。おそらく……かの銀帝かと』

 銀帝――たしかミャンのかたきのはず。

 狙いはなんだろう。プルルスか、それとも単に侵略者か。

 ただ、どれでも同じことだ。

 このタイミングでポーレット祭を狙ってくるなんて、たちが悪い。それも第一回でこんなケチがつくなんてアメリが可哀そうだ。

 私はどこかで拾った棍棒を片手に、べしべしとアンデッドをやっつけていく。

 竜は放り投げてからの空中万能魔法のコンボだ。

 敵がいなければ、建物の下敷きになってしまった住民の救助、回復魔法の使用。そして避難誘導。

 どこに避難してもらえば、と悩んでいるときに、ユミィとルリィに出会った。

 聞けば、この辺の大きめのドラゴンを退治してくれているらしい。普段はボウルや泡だて器を持つか、ケーキを箱に詰めているぽわっとした姿しか見ていないので新鮮だ。

 でも、返り血を浴びたままにっこり笑うと、ちょっと怖い。

 ちなみに、ちっちゃなケーキ屋さんの周囲はウィミュとアテルが守ってくれているとか。

 みんなありがとう。


「こちらはほとんど処理が終わりました」


 金髪のユミィが一息つくように言った。


「ですが、まだアンデッドが少し残って――あれは?」


 ルリィがふっと首を回した。

 町の中央で黒い靄と何かの光が何度も何度も明滅しながらぶつかっている。耳を澄ませば時折、にぶい音が断続的に鳴り響いている。


「真祖教会のトップの方ですね」

「何かと戦っています」


 双子のヴァンパイアは眉を寄せた。

 どう見ても光が押されている。黒い靄が空に線を残しながら白い光を追いかけるという構図だ。

 気づけば、ユミィとルリィがこちらを見ていた。

 彼女たちの瞳には何かを訴えるような光があった。

 私はこくんと頷いた。


「行ってくる。二人は、もう少しこの辺の守りを」

「承知しております」


 頼もしい返事を聞いて、私は大地を蹴った。



 ***



 何度かのジャンプで、戦場が近づいた。

 と、眼下に見知った者の姿が見えたので、急遽着地する。


「リリっ!」

「ミャン、それにみんなも!」


 赤茶色のくせっ毛の少女が私に飛びついた。

 ところどころ小さなケガはあるけれど、大丈夫そうだ。

 奥からディアッチ、ウーバ、シャロンが近づいてくる。

 みんな疲れが顔に出ている。特にディアッチは鎧が壊れていて血をぬぐったあとがひどい。

 ウーバもシャロンも顔面蒼白で疲労困憊だ。


「無事で良かった」

「銀帝と戦っていたのですが、真祖教会に救われました」


 ディアッチは大きなため息をついた。

 ウーバがその言葉の端をつなぐように言う。


「銀帝は本当に強かった。私たち四人がかりでようやく戦えるくらい」


 私はミャンの方に視線を向ける。

 小声で「がんばったの?」と尋ねると、ミャンは小さく、でも力強く「全力でやったわ」と頷いた。

 彼女は前々から銀帝には勝てないだろうとこぼしていた。けれど、機会があればその想いを込めて一太刀浴びせたいとも思っていたはずだ。


「しかし、降臨書の力を使われた瞬間から、完全に劣勢に陥りました。我らはそこを救われたのです。最初は真祖教会側が押していたのですが……途中で……おそらく《烈剣サカネ》が半死半生の状態でやってきて……その、銀帝と合体しました」

「合体? それがあれ? 銀帝って竜のはずだよね? 変な人間っぽい? いや……どこかで見たような?」


 私は空中に視線を向ける。

 白い光を放つ大天使ウリエルと、黒い靄を纏う合体銀帝が戦っている。

 確かにウリエルが押されている。

 あの☆9の超人天使が負けているなんて、よほどの敵らしい。


「よくわかりませんが、合体も降臨書の力かと」

「降臨書ね……」


 降臨書は色々と面倒な力を持っているらしい。確かにゲームでも《融合》というシステムはあった。

 もしかすると合体銀帝も元プレイヤーなのかもしれないけれど、ディアッチの目に降臨書が見えたのなら、たぶん違うだろう。

 それなら私の降臨書が見えない理由が説明できない。

 降臨書――この世界に飛んできた元プレイヤーが死ぬか、消滅したときに見えるようになるものと思っていいかもしれない。


「まあとにかく――あいつが全部の元凶だね」

「リリ、気をつけて」


 ミャンが心配そうにきゅっと手を握ったので、「安心して」と一声かける。

 そして、他の三人にも「がんばってくれてありがとう」と伝えてその場をあとにした。

 空中に舞いながら、アイテムボックスから《女神の瞳》を取り出して使用する。

 

 ――悪神ヴァリス


「どこかで見たと思えば……そう言えば☆10にそんなモンスターいたっけ」



 ***



 ――☆10とはこんなに違うものか。


 悪神ヴァリスはわきあがる力の源に首をかしげるほどだった。

 銀帝とサカネの降臨書が融合され、新たな力を持った。

 それは相手の正体を看破する能力。

 目の前にいる大天使ウリエルは、降臨書のページで☆9の存在とされた。

 そして、自分を「☆10」と評価し、新たなモンスターとして降臨書にその名を刻んだ。

 銀帝が☆8、サカネが☆7。

 余人は知る由もないが、降臨書を持つ者にとって☆の数は重大な問題だ。

 いくら鍛えようが、どれほど戦闘を重ねようが、☆2のモンスターは永遠に☆2のままでどこかでステータスが頭打ちになる。

 強さの壁を越えるためにはこの位階を上げるしかない。

 その点、☆7のサカネは研究を積み重ねた。

 自分の領地で数多の犠牲の下、実験を繰り返し、とうとう融合の理論を完成させた。

 その理論とは――

 同じ種族のモンスター同士を融合する場合、位階は基本的に低い方に揃えられること。

 違う種族のモンスター同士を融合する場合、位階は基本的に上昇すること。ただし、記憶の混乱が見られ、自我を失うこともある。


「どうした、大天使、息が上がっているぞ。やはり天使では神に敵わんようだな」


 悪神ヴァリスはニタニタと表情を歪め、逃げる白い光を追う。

 ☆10の存在となった今、何も恐れるものはない。

 大天使の得意な雷魔法は、すべて反射して相手に返る。

 さらに火魔法を反射し、風魔法が無効となっている。

 唯一、水魔法だけが弱点だが、それもヴァンパイア五柱クラスの魔法でなければほとんどダメージはないだろう。


「無敵、無敵、無敵――これが至高の存在の力だ!」


 ヴァリスが拳を振るった。

 専用スキル――《旧神の起床》だ。

 闇属性の魔法に近いが、反射や無効を貫通し、ダメージを与えることができる。

 ウリエルを粘度のある靄が包み、一気に爆散する。


「あはははは! もう死ぬぞ、お前、死ぬぞ」


 四枚の聖羽の半分が無くなった。

 ウリエルは時折、回復魔法を使用しているが、何度も使っているうちに回復量が減っているのが目に見える。

 最初は全快していたが、今も羽を再生しきれていない。

 ヴァリスは落下するウリエルに向けて急降下し、頭を掴んで大地に叩きつけた。

 轟音が鳴り、地面が陥没する。


「素晴らしい頑丈さだ。準備運動にはこれ以上ない相手だ」

「……滅べ」


 地面にめり込んだまま戦意を向けるウリエルを見て、ヴァリスは哄笑する。

 銀帝では絶対に勝てなかった相手でも、☆10なら逆転する。

 戦闘で得られる経験値やレベルアップなど、《融合》の前では無意味だ。


「天罰が……来る」

「ほお、面白い。この俺に天罰など下せる存在などいるかな?」

「あなたの背後に、ね」


 その瞬間、悪神ヴァリスが音を立てて吹き飛んだ。

 そして――


「大丈夫? 生きてる?」


 幼女は眉を寄せて近寄った。

 ウリエルは心の底から笑顔を浮かべた。


「生きております、主よ。私は神パスより神具を賜った唯一の大天使。そう簡単には死にません」

「え? 神具? …………そう。良かった」

「何か今、すべての思考を放棄するようなお顔をしませんでしたか?」

「するど……いや、怖い、怖いから」

「お褒めいただき光栄です」

「褒めてないけど。ってそんなことより、ミャンとか助けてくれて色々ありがと。あれの相手変わるから、ここから離れてくれる?」

「承知いたしました。ご武運を」



 ***



 悪神ヴァリスはがれきを吹き飛ばし、怒り心頭で立ち上がった。


「この俺を……舐めた真似をしやがって。どこのどいつだ!」


 不意打ちとは言え、自分が大地に転がる姿など想像もしなかった。

 ちょうど大天使は飛びあがって離れていくところだ。

 その場に残ったのは銀髪の少女。髪と同じ銀色のドレスは華やかで、とても戦場で着るものではない。


「殺すっ」


 ヴァリスが一歩踏み出した。

 すると――降臨書が目の前に勝手に現れ、ぱらぱらとページを送り始めた。

 降臨書は☆1のモンスターから順番に記録されていく。

 瞬く間に☆5を超え、☆7に到達し――


「そ……んな……」

 

 ページを送る速度が落ちる。だが、なかなか止まらない。

 ☆8の銀帝を通り過ぎ、☆9の大天使ウリエルを越え――とうとう、悪神ヴァリスのページまでも越えた。

 ヴァリスの顔が引きつる。


「☆10だと!?」


 降臨書に新たな情報が刻まれた。

 ――☆10 ヴァンパイア・リリーン

 ――ヴァンパイアの真祖であり、眠り姫とも呼ばれる。


「あ、あり得んっ! こんな場所に俺と同じ存在だとっ!?」


 簡潔な説明に目が吊り上がる。

 ヴァリスは食い入るように降臨書を睨んだ。

 しかし、情報に変化はない。

 降臨書は嘘をつかない。

 それをもっとも知っているヴァリスは動揺を禁じえなかった。


「俺以外の☆10なぞ、ありえん。何かの間違いだ! 絶対に始末してやる」

「ん?」


 ヴァリスが腕を突き出し、《旧神の起床》を使用する。

 黒い靄が瞬く間に少女を包み、爆散する。


「……なっ」

「ちょっと、痛いかも」


 少女は平然とした顔で立っていた。

 あのウリエルすら何度も追い詰めた魔法が。

 仮に☆10だとしても、ダメージはあるはずだ。


「ヴァンパイア・リリーン……最悪でも同格のはず」

「その名前は捨てて、今は『リリ』だよ」

「リリ?」

「そう。☆10ってさっき言ってたし、リリーンっていう名前も……その降臨書で見破ったのかな?」


 リリの視線が、空に浮かぶ降臨書に向いた。

 そして小さな手を突き出し、ぐっと握り込んだ。

 その瞬間――

 古い本が、ぐにゃっと曲がった空間の中に閉じ込められて、そして――あっけなく消滅した。


「……は?」

「降臨書って、あったら良くないよね。私のも何とかしたいけどなぁ……こっちは魔法がすり抜けるんだよね」

「……お、おまえ……俺の降臨書を!?」

「破壊しちゃった」

「何てことしやがる! 秘宝だぞ! 集めるのに何百年かけたと思ってるんだ!」

「悲報? 知らなーい」


 ヴァリスは頭が沸騰した。

 こんなとぼけた☆10がいるはずがない。

 自分のありとあらゆる攻撃スキルをリリに向けて叩き込む。

 だが――

 繰り返すほどに、肝がじわりと冷えていく。

 リリはまったく微動だにせず、その場に立ち尽くしているからだ。

 まるで悪夢を見ているようだ。

 最後の《旧神の起床》を放ち終えた時、ヴァリスは唖然としていた。


「どう……なっている? なぜ効かない? スキルか!?」

「ううん。単にステータスが高いだけ。知らない? 鍛えれば鍛えるほど強くなるの。☆1でも、☆10を超えるモンスターになれるんだよ」

「嘘だ!」

「嘘じゃないよ。だから――」


 リリの姿が消えた。

 いや、ヴァリスの目の前にいた。すでに腹に拳が撃ち込まれていた。

 遅れてやってきた衝撃と浮遊感。

 ヴァリスは驚愕の表情を浮かべ「あり得ん」とつぶやき、吹き飛んだ。



 ***



「そんなバカな……」


 信じられないほどの衝撃だった。

 ごっそりHPが削られた。少女の拳一発だけで。

 位階は同じはずなのに、☆1と☆10ぐらいの差を感じてしまう。


「ステータスだと言ったか……本当に、違うのか、俺とあいつで……そんなに?」

「まあ、鍛えた時間の差くらいはあるかな。結構、鍛えたからね。1000時間くらい」


 ヴァリスの心臓が跳ねる。

 いつの間にか、目の前にリリが立っていた。

 見下す様子も、蔑むよう様子もなく、少女はむっつりとしていた。


「このっ!」


 ヴァリスは瞬時に立ち上がり、黒い靄を纏った拳を振るった。

 だが、小さな手の平が、ぱしっと受け止める。

 常人の目に負えない速度のはずが、完全に見切られていた。


「化け物か……」

「一緒だよ。私もあなたも、普通の人から見れば☆10って神様みたいな力を持ってるの」


 リリがドレスの腕をまくる。

 封印のアイテムが目に入った。さらに首にもネックレス型のものがかかっていた。

 すべて外し、ずいっと距離を詰めてくる。

 ただそれだけで、ヴァリスは後ずさった。

 強大すぎる魔力と圧迫感が、ヴァリスの全身を軋ませる。


「ふ、封印の装備までつけてこの差だと!?」

「だからね、私たちは絶対に間違った力の使い方をしちゃダメ。使うときはしんちょーにしんちょーを重ねて考えて」

「こ、こんなことが……」


 ヴァリスは空に向けて飛んだ。

 もう戦うつもりはなかった。とにかく今は逃げる。

 逃げて、体勢を整え、さらに鍛えるべきだ。

 リリは鍛えることができると言っていた。それならヴァリスにもできるはずだ。

 今は勝てなくとも、必ずステータスを上昇させて殺してやる――そう考えた。

 だが、ヴァリスは違和感を覚えて頭上を見上げた。

 巨大な壁があった。


「これは、血界術……この規模の術を一瞬で……」

「そうは言ってもあなたには話が通じ無さそうだから仕方ない。私は空を飛べないけど、捕まえれば一緒だし」


 リリの幼い声と共に、ヴァリスはさらに四方を壁に囲まれた。

 赤黒い血界術の壁。底だけ空いた四角い箱だ。

 拳を叩きつけても、魔法をぶつけてもびくともしない。

 ☆10すら閉じ込められる檻など聞いたことがない。


「細かいのは苦手だけど、大ざっぱなのは得意だから。あっ、それと……さっき鍛えたって言ったけど、一つだけ嘘があるの」


 少女は屈託のない笑顔を浮かべてヴァリスを見上げた。


「戦闘で鍛えるとかじゃなくて、ステータスを上げるアイテムがあるの。それを集めるだけ集めて……まあ、ドーピングに近いかな」


 その言葉を最後に、ヴァリスの足下にも壁が現れ、完全に中に閉じ込められて真っ暗となった。

 寸前、リリが上空に手を伸ばしているのが見えた。

 そして、その言葉も聞こえた――


「万能魔法・最強化・ピュロボロス」


 何か巨大な気配が上空から近づいてくる。

 まずい――と思ったのも一瞬。

 ヴァリスは数秒ののち、血界術の箱と共に、塵になって世界から消え去った。

 ☆10のモンスターといえど、真祖の万能魔法に抗う術はなかった。

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