第71話 バトルゲーム会場からラストをお知らせします!

 会場は異様な熱気に包まれていた。

 観衆の瞳は大きく見開かれ、誰もが声を失っていた。


「いい加減にしろ、プルルス」


 低く響く怒声。会場中央に威風堂々立っているヴァンパイア――《朽廃鬼》ガガントは、群青色の短髪をがりがりと掻きながら、半笑いで下からプルルスを睨んでいた。

 ディアッチが鍛えたホーンアリゲーターを一匹でも捕獲し会場に連れてくることが参加条件のゲーム。

 ガガントは参加者で唯一、二けたの捕獲数を達成していた。

 始まる前から力を十二分に見せつけたヴァンパイアは、プルルスが発表した「トーナメント制のバトルゲーム」に対し、怒りを露わにした。

 しかし、「降臨書がいらないのかい?」という言葉に一度は口を閉じた。

 そして、発表されたトーナメント表に従い、一回戦が始まった。


「こんな雑魚どもを戦わせてお前にどんな得がある? 見ればわかるだろう。ここにいる雑魚とこの俺のどっちが強いかくらいは」


 ガガントは――一回戦の相手を即死させた。

 圧倒的で暴力的な力を振るい、瞬時に絶命させたのだ。

 観衆があっと声を上げる間もなかった。


「ここに残った連中じゃ、肩慣らしにもならん」


 殺しは厳禁――そういうルールだったはずだ。

 しかし、ガガントは一回戦の一撃目にその禁を破った。


「プルルス、いいから降臨書を渡せ」


 ガガントは上段に置かれた椅子に悠々とかけるプルルスに近づく。その歩みを恐れ、参加者がざっと道を開ける。


「そんなに欲しいのかい? 君も同じかい?」


 プルルスが古びた本を掲げる。その笑みは酷薄なまでに冷たく、あざ笑っているように見える。

 ちらりとその眼が別に向けられる。

 会場の壁際に背を預けている《烈剣》サカネである。白い上衣に黒い袴。黒い髪を後頭部でくくった和装の麗人は腰に差した刀に視線を落とした。


「ガガントのやり方が賢いとは思わない。プルルスのルール通りにゲームを進めていれば、自動的に私かガガントのどちらかが残るからだ」


 サカネは背筋を立てて中央に歩く。異様な気配に怖気づいた参加者たちが気圧されたようにその場を離れていく。

 ガガントと並んだ彼女は、すうっと切れ長の瞳を開いた。


「だが、無駄な時間であることには同意する」

「そういうことだ。プルルス、お前だってどこの馬の骨とも知れねえやつが、降臨書を使えるとは思ってないだろ」


 プルルスが降臨書を指の前でくるくると回しながら表情を引きしめる。

 サカネが瞳を眇めてそれを眺め、にぃっと口端を上げた。


「やはり――偽物だな」

「はぁ?」


 サカネの呆れた声に、ガガントが勢いよく首を回した。

 対してプルルスは無表情のまま答えない。


「これが本物だ」


 サカネがため息とともに、どこからともなく古びた本を取り出した。

 分厚く表紙がぼろぼろの本だった。

 会場全体が好奇心でざわりと波打つ。


「すげぇ気配の本だな。サカネ、お前も持ってたのかよ。それは聞いてないぞ」

「偶然手に入れたものだ」

「なら、お前は降りろ。一冊あれば、この話はもういいだろ」


 ガガントが鬼のような形相で警告する。断るなら力づくで奪ってやると言いたげだ。


「落ち着け、ガガント。この降臨書は、多ければ多いほど力が増すと言われている」

「おいおい、欲張んな。ん……ちょっと待て、降臨書は真祖が持ってたって言われてるよな?」

「有名な話だな」

「なんで、何冊もあるんだ?」

「過去、真祖が複数いたから――だと私は考えている」

「どういうことだ?」


 サカネはふぅっとため息をつき、口を開かないプルルスを一瞥する。

 そして、挑発的な視線を送る。


「私の推測では、真祖と呼ばれる存在はこの世界に急に現れている。姿、形もバラバラだったのだろう。一部のへき地では獣人だったり不定形生物の真祖がいたと言われている」

「まじか……聞いたことないぞ」

「真祖は例外なく降臨書を持っていたらしい」

「だから、強いのか」

「それは違う。どの真祖も確かに降臨書は持っていたが――その強さは天と地ほどの差があったと考えている。仮に真祖が全員並外れた力を持っていたなら、世界には真祖の伝説がいくつも残っているはずだ。だが、よく知る真祖は一人だけ」

「ってことは、弱い真祖もいたってことか? ん? 降臨書が弱いのか?」

「……一つ分かっていることは、降臨書は――真祖が消えた瞬間に代わりに世界に現れるものだということだ」


 ガガントがぽかんと口を開けた。


「つまり……降臨書は真祖の遺産……」

「そういうことだ。私のものも、プルルスのものも、元を辿れば、『真祖が死んだ』からこそ手に入ったもの。どうだ、プルルス。お前の推察と一致しているか?」


 サカネの視線を受けて、プルルスが皮肉げに唇を歪めた。

 ゆっくり立ち上がり、両手を打ち鳴らす。


「すごいね。降臨書についてそこまで調べたんだ。最古参のエルゼベートすら知らないことだと思うよ。まあ――僕もそんなとこだろうとは思ってる。でも、その話って、降臨書が複数必要なことと関係ないよね? 降臨書のネタばらしをしたいだけなら他でやってくれないか」

「とぼけるな」


 言の葉を斬り飛ばすような、鋭い視線が飛んだ。


「降臨書は、別の降臨書を統合できる。いや、吸収すると言い換えてもいい」

「大胆な仮説だね」

「仮説ではない。その証拠がここにある」


 サカネが降臨書を持った手をこれ見よがしに揺すり嫌らしく嗤うと、プルルスが初めて眉根を寄せた。


「降臨書は統合される度に強化され、使用者に新たな力を与える。」

「……随分な入れ込みようだ。そこまで知ってるとは恐れ入ったよ」

「プルルス、貴様の降臨書は――私の降臨書と一切反応していない」


 サカネが目を眇めて睨む。


「どこに隠しているか知らないが、早いうちに本物を出した方がいい。さもなくば、このヴィヨンは火の海に変わるぞ」

「おい、ちょっと待てよ」


 ガガントがサカネの肩に手を掛けた。

 瞳には苛立ちが浮かんでいる。


「降臨書のネタはそもそも俺が知らないことばかりだったぞ」

「一度も聞かれなかったからな」

「お前……」

「言っただろ。共闘するとは言ったが、これは早い者勝ちだ。あの降臨書が偽物だと教えてやっただけで感謝しろ。あとは私かお前か……はたまた……本当に強いやつが隠された降臨書を手に入れるだけのこと」

「あとで落とし前をつけさせてやる」


 ガガントが舌打ちを鳴らしてプルルスに向き直る。


「どうだ、プルルス、これは最後の通告だ。早いとこ出しやがれ。俺は容赦しねぇぞ」

「ガガント、サカネ……君たち二人でこの町をどうにかできると思ってるのかい?」


 プルルスと二人の視線が交錯する。

 徐々に緊張感が増していく会場。

 サカネがふっと口端を緩めた。


「まあ、貴様が素直に出すとはこちらも思っていない。もちろん、戦力を考えると私たちだけで町を落とせるとも思っていない。始めるぞ、ガガント」

「はいはい、早い者勝ちね。恨むなよ」


 ガガントがすうーっと空気を大きく吸った。

 膨れ上がった胸が、吐き出すと共に瞬時に小さくなる。と同時に、肉食獣の咆哮のごとき音が、町全体に大きく響いた。

 すると、あちこちで大地が盛り上がった。ぼこぼこと音を立てて地中から何かが這い出てくる。死人だ。腐り切ったアンデッド。金属製のスパイクを持ったスケルトン。

 奇妙な金切り声が、周辺を埋め尽くしていく。

 あまりのおぞましさにバトルゲームの参加者たちが慌てふためき、観衆は悲鳴をあげて逃げ出した。


「味方を伏せてたとは。気づかれないようにとは、やるね。でもアンデッドだけではね」

「――甘い、甘い」


 サカネは愉悦にひたるように低く嗤う。

 すると、空中から何かが町に向けて次々と飛来した。それは有翼の竜の群れだった。赤黒い鱗を持つ何百という個体が、町のあちこちに爆撃音を伴って着陸している。


「これは……」

「来たぞ、本命が」


 その言葉と共に、空に影が現れ、瞬く間に小山のような存在が降ってきた。

 激しい突風を巻き起こしながら、悠々とその場を睥睨して降りてきた存在。

 銀色の鱗、白銀の一本角。鋭利な爪と太い両脚。そして三叉に分かれた長い尾。ヴァンパイア五柱と比肩する唯一の存在。


「ここで銀帝の登場か……まさか本当にサカネと共闘するとは」


 プルルスの声が憎々し気に響く。

 銀帝は黄色い瞳をぎょろりと動かし、鼻から息を抜いた。


「共闘ではない。俺は俺の目的の為に機会を合わせただけだ。それと――プルルス、貴様は少々目障りなのだ」

「銀帝に目をかけられるとは光栄だ。――まあ、お互い様だけどね」

「言いおるわ」


 銀帝はくつくつと巨大な口で笑う。

 ガガントが焦れたようにサカネを一瞥する。


「おい、ここからは個人行動でいいんだな? 俺は竜と共同戦線なんてごめんだぞ」

「もちろん協力はここまで。あとは好きにしろ」

「じゃあ、俺は行くぞ」


 言い終わるか否か、ガガントがとんっと地を蹴り、会場の壁を越えていく。

 サカネも飛びあがり、上の観客席に音もなく着地する。


「さて、では始めようか」


 銀帝の口内に真っ赤な炎が渦巻いた。地響きのような音と共に、炎のブレスが吐き出される。

 会場内が一気に燃え上がった。地面を舐めるように広がる炎の渦が、バトルゲームの参加者の一部を呑み込み阿鼻叫喚の騒ぎとなる。

 さらに会場そのものが、炎を受けた場所から蒸発し、魔法が一気に溶けていく。


「相変わらず雑な攻撃だ」

「貴様らヴァンパイアは細かすぎるのだ。さて、俺の最初の相手は――」


 銀帝が素早く会場の跡地を確認する。

 そこに一つの影があった。

 赤茶色のくせっ毛。アーモンド形の緑の瞳は怖いほど吊り上がり、長い尾は毛羽立つように逆立っている。


「この炎を見て退かんとは。威勢のいい娘がいるな。小娘、名乗ってみろ」

「――っ、ミャン=エナトミ=ペルシアン!」


 ミャンは元の名前を名乗った。

 銀帝が少しだけ驚き、にまあっと表情を緩める。


「降臨書を出し渋った愚図たちの生き残りか」

「お前だけは――絶対に許さない!」

「くくく……ペルシアンはみな同じ言葉を吐くな。安心しろ、すぐに全員と会わせてやる」


 おもちゃを見つけて喜ぶような嗜虐的な声だ。

 サカネが呆れたように眉を寄せる。


「そんなやつ放っておけば?」

「そうもいかん。最近はわざわざ恨みをぶつけてくる種族が減っている。大事に、大事にしてやらんとな」

「まあ私にとっては好都合だ。せいぜい時間をかけてくれ。私はプルルスを追う。あと、私の兵が数時間以内に山を越えてここに来る予定だから、そいつらは攻撃しないでくれ」

「気をつけてやるが、期待はするな。それと――言っておくが、降臨書を手に入れるのは俺だぞ」


 サカネが無視するように視線を切って動き出した。

 銀帝が嗤う。


「自分で探すなど愚かなことだ。見つけて奪うのが最も効率がいい。さあ、待たせたな。ペルシアン家の生き残り――いや、貴様、ヴァンパイア化しているな……誰の眷属か……まあ、どちらでもいいか。ますます希少価値がある。いいだろう。存分にかかってくるがいい」


 余裕の笑みを浮かべる銀帝に、ミャンが憤怒の表情で跳びかかった。

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