第70話 あわ、泡、Hour

 ウーバと食べ歩きをしているうちに、普段はあまり出向かないエリアに到着した。

 白雪城とポーレット城のさらに奥にあたるエリアで、比較的貧しい者が暮らしていると聞いたことがある。


「へぇ、面白いことやってるわね」


 エリアには大勢の住民が集まっていた。

 インディーズのようなアップテンポな曲が大音量で流れ、高台では拡声器を持った男性がノリノリでみんなをあおっている。

 空中には白い泡が大量に降り注ぎ、住民たちは泡の中で好きなように踊っている。

 社交ダンスのラテンっぽい動きもあれば、ジャズダンスやストリートダンスのような動きもある。かと思えば、踊りでもなんでもない単に跳ねながら拳を突き上げている人もいる。


「誰も音楽を聞いてないよねこれ」


 私はくすりと笑みを漏らす。

 ウーバもつられて笑っている。

 まったく形になっていないのに、ここにいる人たちは誰も気にしていないし、みんな楽しそうだ。


「ああいうダンスってどこかで覚えるの?」

「私は知らないけど、王族とか貴族は習うっていう話は聞いたことがあるわ」

「へぇ……ミャンを連れてきたら良かった」


 ミャンは元王族らしいし、うちのメンバーの中では唯一踊れそうだ。

 ダンス集団の輪の外では、泡を乗せたドリンクや手づかみで食べられる食べ物の販売も行われている。

 商魂たくましい者はどこにでもいるのだ。

 と、誰かが輪の中から駆けてくる。小さな二人――


「あっ、やっぱリリだ!」

「こ、こんにちは……」


 カステラを買いに来てくれた姉妹だ。ぼさぼさの髪と傷んだ服。相変わらず見た目はあんまりだけど、二人の上気した顔はとても楽しそうだ。

 それと――頭の上に泡がこんもり乗っていて、白い帽子をかぶっているように見える。


「踊りに来たの?」

「ううん、寄っただけ。こんなイベントやってるって知らなくて」

「なら、一緒に踊ろ!」


 姉の方がぐいぐい手を引っ張る。


「ちょ、私、踊れないって」

「大丈夫、私も踊れないから、ぴょんぴょんしよ!」

「ぴょんぴょん?」

「ああいうの!」


 姉が指を指す。

 見れば、音楽のリズムに合わせて跳ねている人たちだ。ダンスというよりはサッカーや野球の応援に近い感じ。

 そんなことを思っていると、逆の手を妹に引かれた。

 ウーバに助けを求めて首を回す。

 けれど、「いってらっしゃい」と手を振られただけだ。

 マジか。生前も含めて、ダンスイベントに出たことのない私が、異世界で初体験とは。


「ほら、行くよ」

「りょ、りょーかい」

「りょーかいって変な言葉」


 何がおもしろいのか姉がくすくす笑う。とても可愛らしい。妹は「よーかい?」と首を傾げている。妖怪ではない。


「すごい熱気」


 私も幼女なので大人の腰の高さくらいに目線が来る。輪の中に入ってしまうと、視線が通らず壁に囲まれてしまった気分だ。

 上を見上げると、泡がどんどん振ってきている。思っていたよりすごい光景だ。

 泡があるということは、界面活性剤があるのかなどと余計なことを考えつつ――


「こうだよ!」


 目の前で姉と妹が誇らしげにぴょんぴょん跳ねる。不規則に突き上げられる拳。運動神経が良いのか、たまに地面に手をついて逆立ちのように足を跳ね上げたりして、ストリートダンスっぽく見えなくもない。

 まあ、音楽にはやっぱり合ってないが。


「こう?」

「そうそう!」


 最初は気恥ずかしかったものの、徐々にジャンプを重ねて適当に跳ねまわっていると、段々楽しくなってくる。

 これが雰囲気に酔うということだ。

 ただ、いつの間にか大人の背丈を越えるほど跳ねていたらしい。

 何度目かで、ぽかんと見上げた姉妹と目があった。


「リリ、ジャンプ上手……」

「すごい……」


 周囲の大人たちも何人かがぎょっとしていた。

 危ない、危ない。人外パワーを発揮しないようにしないと。

 姉妹に「ちょっと休憩してくる」と伝えて輪の中から抜ける。少しほてった頬が冷たい風に当たって気持ちよかった。

 いつの間にかウーバが見たらない。

 代わりにいたのは――


「アメリとメイブルンさん」


 この国の国王アメリ・ル・ポーレットと、騎士団長のメイブルンさんだ。

 引きこもり気味らしいけど、こんなエリアにまで足を伸ばすなんて、すごい。


「踊りに来たの?」

「そんなわけないだろ。視察だ」

「嘘ですよ。音楽が聞こえてきたので、『あれは何だ?』『何をやってるんだ?』って興味津々で」

「メイブルン、きさま嘘をつくな!」


 顔を染めたアメリがメイブルンさんの足をげしげしと蹴っている。もちろん彼はなんの痛痒も感じていないが。


「というより、リリ、何だその顔は?」

「ん? どこか変かな?」

「頭に泡がこんもり乗っているし、鼻や耳、肩も泡まみれだ」

「え?」


 アメリの言う通りだった。

 いつの間にか、私も姉妹のように泡星人になっていたらしい。あんなに動いていたのに、こんなに泡が付くなんて。

 ぱたぱたと服をはたいている間、アメリはじぃっと踊っている人たちを見ていた。

 ふとメイブルンさんに視線を向けると、生暖かい表情を浮かべていた。

 なんとなく、父親と娘のようにも見える。


「踊る?」


 私がぽつりとつぶやくと、アメリはぐりっと首を回して「興味ないな」と答えた。

 その後ろでメイブルンさんが肩をすくめて苦笑いだ。


「きっと、私が国王とバレたら邪魔になる」


 アメリがぽしょっとつぶやく。

 まったく、ツンデレ国王は大変なことだ。国王ならむしろ堂々と輪に入っていけばよいのに、遠慮を最初に考えるなんて。


「よーっし、じゃあ行くよ」


 私はそんなアメリの手を引いた。

 アメリの顔が愕然と変わる。


「ちょっ!? 待てっ、リリ、どうしてそうなるんだ!? お前、私の話聞いたか?」

「うんうん、行くぞー!」

「や、やめろ、また無理やりだ、ひどいぞ! 私は王なのに」

「プルルスのところよりずっとマシだから大丈夫!」

「お前、やっぱりプルルスのときはひどかったって認めたな!?」

「忘れたー」

「いいや、言質とったぞ!」

「うんうん、どうでもいいから、さあこっち」


 じたばたするアメリをずるずると引きずっていく――姉妹がぴょんぴょん跳ねている場所まで。


「お姉ちゃん、だれ?」

「私の友達なんだ。一緒に踊りたいって」

「言ってない、断じて言ってないぞ! これは強制連行だ!」

「きょーせーれんこー?」

「友達のところは、否定しないんだ」

「うっ……それは、まあ……一応な……」

「じゃあ、一緒に踊ろうよ!」


 私たちのやりとりを聞いていた姉妹がにぱっと笑う。

 純粋無垢な表情を見て、アメリが声を失った。

 そうこうしているうちに、音楽が変わる。EDMと呼ばれるテンポの速いダンスミュージックだ。

 曲のスタートと同時に姉妹が拳を突き上げる。「Hi、Hi、Hi」みたいなリズムに合わせて好きなようにジャンプしている。


「ほら、アメリも」

「こ、こんな感じか」


 渋々始めたアメリの顔は真っ赤だ。

 でも、最初だけだ。泡に包まれ、熱気に踊らされている間に、自然と身体は軽くなってくる。



 ***



 日が傾き始めていた。


「まったくひどい目にあった」

「楽しかったでしょ?」

「リリといると、いつもろくなことがない」

「そう? 私は結構楽しいけど」

「また、頭に泡が乗ってるぞ」

「アメリも一緒だって」


 私とアメリは輪から外れ、体育座りで未だに熱の冷めない集団を眺めている。

 その中には踊り続けている姉妹も見える。本当に無尽蔵の体力だ。


「……こういうの……本当に民のためになるんだな」

「お祭りのこと?」

「最初は教祖にのせられた気分でもやもやしていたんだが、案外悪くなかったなって思う」

「来年とか続けてできたらいいよね」

「ああ。あの泡ダンス? あれも町の中央でやってみたい」

「いいんじゃない」

「泡を乗せたジュースもいい。そういえば料理に泡って使えないんだろうか……」


 アメリは集団に視線を向けつつも、視点は虚空に向けられている。

 少し熱に浮かされたような彼女の背中にメイブルンがほほ笑みを向けている。


「ヴィヨンの名物になれば……もっと町の活気が上がっていくかもしれん」


 アメリが真剣な表情でぽつりと言う。

 この子は、いい王様になってくれそうな予感がした。


「微力ながら、ポーレット様の描く未来のために、私も尽力しましょう」


 メイブルンさんの温かみのある声が響く。

 どうやら同じことを考えていたらしい。


「もちろん、私も手伝うよ」


 いずれ訪れる未来に、私は時間をかけて想像を巡らせた。



  ***



「じゃあ、私はそろそろ時間だしバトルゲームの方を見に行くね。もう始まってるかもだし」

「誰か知り合いが出てるのか?」

「出場者もいるし、運営側がプルルスだからね」

「だな……そういえば、私も最後の挨拶だけ頼まれていた」


 アメリは苦笑いを浮かべる。

 私は「じゃ、お先に」と手を振って、踵を返した。



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 次話を頭にして、ラストまでのほとんどを戦闘描写が続きますので、苦手な方は完結後の流し読みを推奨します。

 大丈夫な方は、どうぞお付き合いください。

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