第35話 真祖も射てば何かに当たる

 平野に臨む森の中で、四匹の奇怪なモンスターが一か所に集まっていた。

 全身が漆黒で、手とも足とも見えるものが六本ついている。蜘蛛のようにも見えるが、腕を四本持つ人間が四つん這いで這っているようにも見えた。

 起伏のないつるりとした顔面には黄色の瞳が四つ、側面まで裂け上がった口が一つ。

 凪の海のように静かな感情は、統率された集団を思わせた。

 彼らはエルゼベートの配下、隠密部隊『ハウンド』のメンバーだ。

 種族名クラウン・クロウ。

 闇の中を走り、暗がりに潜み、そして敵を抹殺する者たちだ。

 その彼らは、予想もしなかった事態に足を止めていた。


「サードが死んだ」


 木の葉が揺れるような声。彼らの声は彼らにしか伝わらない。言語形態が異なるからだ。

 最初に現場に戻ったファーストが、裂けた口をさらに裂いた。

 反対側から、フォースがサードの死体のそばに近づき、手を伸ばした。そこはサードのあるべきものがあった場所。


「頭が吹っ飛んでやがる」


 もう一つの影が樹上から地に降りた。セカンドだ。


「狙撃だ。俺たちに気づかせないとは」

「やはり、ばらけたのは正解だったな。残っていたら狙い撃ちされていた」


 フィフスが表情を変えずに言った。

 集まった『ハウンド』は、サードの死体の周りをぐるぐると規則正しく回る。

 端から見ていると、誰が誰なのかわからなくなるほどに。


「どこからだ? 気配はなかった。偶然じゃないのか?」

「どこかの射手が偶然にも森に矢を放ち、その矢が偶然当たったと? しかも眉間にか? ありえない。四方は調べ終えた。そもそも撃たれたのは部隊の中央にいたサードだ」

「その通り。監視されていたと考えるのが自然。しかも敵は逃げ足も一級品。気配の痕跡が一つもない」

「サードは一撃で死んでいる。俺たちを矢で殺せるレベルの敵か。しかし……エルゼベート様クラスの射手などいるのか?」

「いずれにしろ、俺たちはだいぶ前から位置を知られていたと考えるべきだ。最古参のヴァンパイアの影たる我々が何たる様だ。隠密行動で後れを取るなどと」


 苛立ちが、じわりとにじみ出る。それは潮が砂浜を浸食するように広がった。

 『ハウンド』部隊の表情が険しくなった。


「やはり、教祖プルルスは気づいているか」

「情報通り、真祖を匿っているということだろう」

「天上会議での挑発的な言動を考えても間違いないが、これで確信を得た」

「すでに間者を警戒し、あちこちに強者を配置したと考えてよかろう」

「ここまでの道中、そのような気配は微塵も感じなかった。その緩みを突くようなタイミングの、サードへの一撃」

「……引くか? 任務は真祖の居場所の把握。仕掛けることは命令にはない」


 その言葉に、誰かがひび割れたように嗤う。

 そして残りの三人が釣られて嗤った。


「ないな」

「あるはずがない」

「そんなことが許されるはずがない。舐められたまま終われるものか」

「総意は出たな。今回は完全に上手を取られたのは認めよう。さすがはヴァンパイア五柱の配下の一人ということだ。しかし、我々を本気にさせたことを後悔させてやる」

「だが、一度、装備を整えるべきだ。敵はプルルスの配下だけではない。サードが欠けた以上、準備は必要だ」

「そうだな」


 四匹は顔を見合わせると互いに距離をあけ、森の中を慎重に移動し始めた。

 最後に誰かが言った。


「しかし、真祖とはどんな化け物なんだ? エルゼベート様は、戦えばわかるとおっしゃっていたが」


 葉がこすれるような音を立て、黒い影は森に消えた。



 ***



「見た? 見たよね!? 頭の真ん中にズブっといった!」

「すごいです、リリ様! どうしてこんなに当たるようになったんですか!」

「確かにすごいわ……練習のときは三メートル先の的にしか当たらなかったのに……」

「それは過去の私!」

「努力だよ! リリの努力!」

「その通り! ウィミュ、いい事言った! 非常食のカステラあげる」

「ありがとう」


 満面の笑みをこれでもかとこぼしている私は、三人に見つめられながら、小さな胸を限界までそらした。

 弓術スキルを手に入れてからというもの、二本に一本は狙った場所に当たるようになったのだ。ちなみに半分はどこかにとんでいくのだけれど。


「ホーンアリゲーターなんて、的(まと)ね、もうただの的(まと)」

「ちょっと悔しいですわ。不器用なリリさんがこんなに早く弓を使えるようになるなんて」

「教えてあげてもいいよん。この私に何でも聞いて」

「余計なお世話ですわ! 私だって、ホーンアリゲーターくらい――どぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!」


 ミャンが瞳を紅く輝かせて駆けていった。

 右拳を下からかちあげてアッパーカット。ホーンアリゲーターが三回転くらいしながら浮かんで落ちた。

 すごいけど、苛立ちをぶつけるのは可哀そう。

 アテルが苦笑いしながら言う。


「まあ、ミャンも危なげないですし、ウィミュも魔法使いかどうかはともなく、十分戦えます。リリ様には安心して後衛をしてもらえますし、安定感が出ますね」

「任せて。どんな敵も一撃必殺!」

「となると、当初の目的通り、ガゾン山のふもとに行きますか?」

「うん。元々そのつもりだし」


 ガゾン山のふもと――そこにはとてつもなく巨大なビルが埋まっているらしい。

 この世界の世界感とはかけ離れた建物で、凶悪なモンスターが跋扈しているのだとか。

 そして、その建物こそ――『浮世の迷層』と呼ばれる上位冒険者ですら簡単には攻略できないダンジョンなのだ。

 さらに、砂糖の一大産地なのだ。



 ***



 私たちはホーンアリゲーターの肉をアイテムボックスに山ほど詰めて、『浮世の迷層』に急いだ。

 今回はこのダンジョンの攻略は目指していない。

 まずは、できるだけ地下に潜り、砂糖の結晶石を手に入れることだ。私くらいの大きさの砂糖の結晶石だけでも、相当のお菓子が作れるそうだ。


「……嫌な気配がしますわ」

「まあ、冒険者ギルドに入会して初日に来る場所じゃないですね。自殺希望者は別でしょうが」

「ウィミュの魔法、ちゃんと効くかな?」

「ウィミュって魔法使ってないよね?」


 私の言葉に、ウィミュは首を傾けた。


「使ってるよ」

「……杖で殴ってるだけじゃない?」

「風魔法をちゃんと纏わせて殴ってるけど?」

「そんなことできるの?」

「うん、ほら」


 ウィミュが杖の先をこちらに向けた。わずかだが、目の前で風の渦が感じられた。

 ゲームでは絶対に存在しなかった魔法だ。

 弓術スキルと言い、JRPGになかった設定や使い方が次々と現れる。

 これは楽しい。


「万能魔法でもできるかな?」

「リリならできるよ。ウィミュ、リリが、がんばりやさんなの知ってるもん」

「よっし、じゃあ――」

「リリ様! またの機会が良いのでは? その……このダンジョンって入口がここだけなので」


 アテルが申し訳なさそうな表情を向けていた。

 私のやる気が、見る間にしぼんでいった。確かに、失敗すると弓の被害とは比べ物にならないだろう。

 目の前には銀色の扉が一つ。どう見てもエレベーターの乗り口だ。

 JRPGの舞台が近現代だったので、当然と言えば当然だけど、この世界に慣れ始めた私にはすごく不思議な光景だ。


「……そうね。万能魔法って強力だし、壊しちゃったら入れないもんね」

「それもありますが、誰か中にいたら、出られなくなります」

「だよねー」

「ほら、バカ言ってないで、さっさと行きましょう。強いモンスターがいるのでしょ? 腕が鳴りますわ」


 ミャンが呆れ顔で片手を振って私たちを呼んだ。

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