第34話 弓ってつかえない

 冒険者ギルドの登録は難なく終わった。

 少女四名。うち一名が幼女なので、ギルド受付嬢の糸目のお姉さんのルーラリアは、とても心配そうに「大丈夫ですか?」と心配してくれた。

 一番身長が高く、体型も大人っぽいウィミュがパーティリーダーだと思われているようだったけれど、アテルを知ってそうな人や、道場やぶりを幾度となく繰り返しているミャンの顔を見て、「あの獣人だ」と目線を逸らす冒険者もいた。

 そんな彼らに、ミャンは得意そうに「ふふん」と不敵な笑みを向けるので冷や冷やする。


「みなさんのレベルはどのくらいですか?」


 ルーラリアにレベルを聞かれて、実は少し焦った。

 前情報ではそんな調査はないはずだったのに、容姿が全員幼いので聞いてみたくなったそうだ。

 もし調べる機械があったら真っ赤な嘘がバレるところだった。

 でも、幸いなことに自己申告制だった。

 嘘をついても、すぐに依頼でボロが出るかららしい。


 アテル――レベル20。

 ウィミュ――レベル23。

 ミャン――レベル19。

 私――レベル25。表向き。


「リリちゃんが、一番強いのですか!? しかも、その年齢でレベル25!?」


 まん丸な瞳でルーラリアさんが言うと、ギルド内にざわめきが起こった。

 こんな小さな子供がと誰もが思うのだろう。

 レベル25と言えば、上位冒険者に足がかかるくらいだと言う。


「しかもそんなに大きな弓を扱うアーチャーだなんて」


 一応、『わんちゃんのフルーツ屋』の店主ワルマーさんから小さめのお古の弓を二丁もらってきた。もう使っていないやつだそうだ。

 ただ、子供用の弓なんて無いので、どれを持っても体格に不釣り合いで目立つ。

 しかも、弓なんて実戦で使ったことがないのに。

 冒険者たちの奇異な視線に身を縮こまらせながら、さっさと話を切り上げようと決心する。


「あの、ガゾン山の周辺でできる依頼、ありますか?」

「ありますが、どうしてガゾン山を? 銀ランク以上の狩場ですよ? あっ、でも皆さんのレベルが本当なら、難しいこともないか……」


 オレンジがかった髪のルーラリアさんが首を傾げる。


「あの辺、よく知ってるの」


 さらりとその場をごまかして、彼女に依頼のリストを貰う。

 モンスターの討伐が多い。初心者向けのエリアではないので、当然。

 ただ――知らない名前のモンスターが多すぎる!

 名前を見ても、これが大きいのか小さいのか、強いのか弱いのかもさっぱりわからない。

 ヒュドラを除けば。

 これは絶対やばいやつ。


「ホーンアリゲーターにしましょう」


 アテルが横から指を指した。

 陸で生活するワニです――という囁きに、私はぜひも無く頷いた。


「集団の方には近づかないでくださいね。リリちゃんくらいだと一口ですよ」


 おどけた様子で言うルーラリアさんだけど、私はモンスター退治が初めてなので、ちょっと緊張気味に頷いた。


「あと、ガゾン山のふもとには行かないように。あそこには上位冒険者でも厳しいダンジョンがあるからね」

「……もちろん」


 そして――

 様々な視線を背中に受け、クロスフォーは初依頼を受けて出発した。



 ***



 乗合馬車に乗り、近くの街道を降りて、分かれ道を進んだ。

 ほどなく、ガゾン山が見える草原に降り立った。

 あまりうまみのないエリアなのか、同業者はとても少ない。

 その中に、サイの倍くらいの大きさのワニがいた。足が長く、口が異常なほど大きい。サイにワニの頭が合体したような容姿だ。首元に数本の白い骨のような角が飛び出ており、トリケラトプスの骨格標本のように見える。

 降臨書では見たことがない。


「あれ、大きくない?」

「そう? 小さいくらいよ」


 思っていた以上の迫力に少し怖がりながら後ずさった。

 ミャンが挑発的な視線を向けて、どこ吹く風で言う。


「ホーンアリゲーターなんて、どこにでもいるわ。お肉がイケるのよ。余ったお肉はケーキ屋の隅で売りましょう」

「ケーキ屋なんだけど?」

「いいじゃない。お肉もついでに買ってくれる人がきっといるわ。買うとなかなか高い高級品なのよ」

「えー、やっぱいらない」

「贅沢ね」


 小柄なミャンが走り出す。背中が生き生きとしていて楽しそうだ。

 ウィミュが慌てたように魔法の杖を持って追いかける。


「ウィミュが一番にやる!」

「ウィミュ! あなたは魔法使いですよ! 杖でなぐらないでください! それ高いんですから!」


 アテルが悲愴な声で叫び、こっちを見て微笑んだ。


「リリ様は、あっちのホーンアリゲーターを狙ってみてください。動きが遅いのでいい練習になるはずです。では、私も今晩の夕食を狩りに行ってきます」


 走り出すと同時に、アテルの淡い水色の瞳が一気に紅く変化した。

 ヴァンパイアの力を解放したのだ。

 動きが一気に加速した。背丈の低い草の間を跳ぶように蹴って、あっという間に近づくと、ホーンアリゲーターの巨体に向かって、装備したガントレットを打ち抜いた。

 巨体がぐらりと歪み、頭が全員に向けられた。そこにミャンのかかとが落ち、寸分遅れてウィミュの杖がアッパーカットの要領で下からかち上げた。

 わずか数秒。ホーンアリゲーターが重低音を立てて崩れ落ちた。ミャンが腰のナイフを抜いて、とどめを刺そうとする。

 肉弾戦のスペシャリストを見ているような光景だった。


「わ、私もがんばらないと」


 三人とは別方向の草むらに、背を低くしてそろそろ進む。

 いた。

 一回り小さなホーンアリゲーターだ。

 矢筒から矢を一本抜いて、見よう見真似で弓の左に矢を差し入れ、引く。

 人差し指と中指、親指の三本で引くドロウイングという方法――らしい。

 ワルマーさんに知識だけは教えてもらった。

 弓はあんまり使わないからな――と頬をかいていたけれど、結構丁寧に教えてくれたのだ。

 ちなみに、私が最初に店の前で弓を引いたのを見た時、ワルマーさんは絶句したあと、天を仰いでいた。

 それ、俺でもしんどい弓だからな――と。

 どうやら普通は引くだけでしんどいらしい。

 和弓と違い、上下のバランスが同じ洋弓タイプ。

 落ち着いて矢をつがえ、獲物のやや上を狙って――


「発射!」


 バチン。

 甲高い音とともに、矢が一メートルほど前の地面に落ちた。


「…………」


 狙っていたホーンアリゲーターが、ぶるっと身を震わせ、こっちを視認した。

 のそのそと移動していく。

 私は溜めていた息を一気に吐いた。


「め、めっちゃ緊張したからかな……まあ、失敗もあるある」


 自分で励まして悲しくなった。あんなに練習につきあってもらったのに。

 別のホーンアリゲーターを探して移動。

 同じように弓を引く。

 さっきは引き方が弱かったのだ。もっと引くと――

 バヂンッと強烈な音が、耳の間近で鳴り響いた。

 弦――切れていた。

 顔から体温がさーっと引いていく。

 ワルマーさんからのもらい物なのに、二射目で壊してしまった。呆れ顔が目に浮かぶ。


「うっ……これはまずい」


 三人の仲間が遠くで戦っているのを確認し、そうっとアイテムボックスに片づけて、もう一丁の弓を取り出した。

 さっきの弓より少し大きい。手が短いのでめちゃくちゃ引きにくい。

 でも、慎重に矢をつがえて、切れないように引いて――


「やや上に放つ!」


 ヒュンっと何かの音がした。

 実戦で初めての矢を放った瞬間だった。

 こみ上げてくる喜びに、小さな拳を空に突きあげた。


「やった! やった! ワルマーさん、ありがと!」


 弓が射てたことが嬉しくて跳びはねた。

 この世界に来て地道な練習をするとは思っていなかったのだ。

 見たか、私だって練習したんだから! そう得意満面で、獲物を見つめた。

 きっと、どしんと音を立てて倒れていく――と思っていた。

 しかし、ホーンアリゲーターは立ったままだった。

 悠々と四つ足で数歩進み、爬虫類っぽい目をこちらに向けていた。

 わずかな沈黙を挟んで視線が交錯した。

 ――あれ、矢は?

 私はキョロキョロ見回して飛んだ矢を探す。この方向のはず。

 地面には落ちていない。狙いがそれたのか。

 がっくり肩を落とした瞬間――


 ――《弓術》を取得しました。


 頭の中に透明感のある女性の声が響き渡った。

 混乱したのも束の間、私は意識を内側に向けた。

 ウインドウが点滅している。


 ヴァンパイア・リリーン LV776

 HP:999 MP:999

 攻撃:347

 防御:688

 魔法攻撃:999

 魔法防御:891

 速度:932

 耐性:全耐性+10

 属性:物理無効、聖反射、火反射、風無効


 万能魔法

 万能魔法強化

 万能魔法最強化

 血界術

 固有術強化

 固有術最強化

 愚者の祝福

 リサイクル

 弓術      New!!


「あれ? スキルが増えた? どうして? スキル8個の壁も越えた? こんなスキル見たことない」


 何か条件を満たしたのだろうか。

 首をひねったものの、どうして手に入ったのかはわからない。

 心当たりもない。

 弓矢を実戦で使ったから?

 いや、一度使ったくらいで手に入るとは思えない。それならこの世界は弓術スキルを持つ人ばかりだ。

 目標に当たってすらいないのに。


「うーん……」


 いくら考えても答えは出なかった。

 草原は、その沈黙を反映したように鎮まり返っていた。

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