第11話 めっちゃ元気でた!ありがとう!

 微妙な街並みだった。

 西洋中世と思いきや、建物は木造だったり石造りだったりとバラバラだ。しかも軒先に八百屋や果物屋、中には剣術を教える道場なんかもあって、つかみどころがない。

 広い石畳の通路は人力車も馬車も走っている。

 まあ、一言で言って、ごった煮みたいな状態だ。


「アテル、カステラはどの辺?」

「あの城の近くです」


 アテルが指さしたのは奥にそびえる茶色の城だった。確かプルルスの言いなりになっている人間の王様のお城だ。

 だいぶ奥だ。

 とことこと歩いていくと、隣でウィミュが目を輝かせていた。


「リリ、あれ見て、あれ見て! 杖! 綺麗な宝石がついてる」

「ほんと。でっかい宝石」


 サッカーボールほどの緑色の宝石がついた杖があった。

 柄の部分がとても長く、ウィミュの身長より高くなるだろう。

 高そうな店舗のガラス張りのショールームに、マネキン代わりの木人が杖を持ってポーズを決めている。

 目が飛び出るような価格だ。

 ゲーム内で一周目をクリアすると、ステータス上昇のアイテムも買えるようになるけれど、それと同じくらいとはびっくりだ。


「あれ、買いたいなあ」

「ウィミュって魔法使いだっけ?」


 と、聞いたときにはウィミュはその店の斜め前に駆け寄っていた。

 今度は魔法武器ではなく、槍や剣といった刃物専門の店だ。

 同じくガラス張りの店内には、別のRPGゲームで見たような柄に飾り羽がついた武器や、金色の刃の剣が見えた。


「槍、好き」


 ウィミュがうっとりしたような表情をしている。武器マニアの一面があるらしい。

 アテルは逆に、食べ物を目を皿にして眺めている。

 果物を手にとり、裏側まで確認したかと思えば「ちょっと高くなってる?」と眉間にしわを寄せている。

 主婦みたいだ。


「そろそろいくよー」


 私が声をかけなければ迷子になりそうな二人だ。

 かくいう私は、銀色のドレスにフルフェイスの鉄兜なので怪しいことこの上ない。

 すれ違う人、獣人、どう見ても悪魔の姿をしたモンスターたちに、じろじろと見られている。

 視界の悪さにうんざりするし、居心地がひどく悪い。

 それを感じたのだろう。

 アテルが「いいものがあります」とそっと耳打ちして、手を引いてくれた。

 入ったのは衣装のお店だった。

 出てきた店員さんがぎょっとした顔をするが、アテルは動じることなく何かを探して戻ってきた。


「これはどうでしょう」


 アテルが持っているのは黒い布だった。中央に白地で十字架が描かれている。


「その兜と交換しましょう」

「え? 見えなくなるけど?」

「大丈夫です。試してください」


 こそこそと話すアテルが自分の背中で私を隠した。

 さっと兜を脱がし黒い布を目だけを覆うように巻きつけた。

 すると――


「すごい。見える」

「そうなんです。本当はヴァンパイアの力に対抗するために協会がシスターにつけさせる遮魔布と呼ばれるものですが、それほど珍しいものではありません」

「ヴァンパイアの力を抑えるってこと? 私がつけて大丈夫?」

「高位のヴァンパイアにはほとんど効果がありません」

「そうなんだ……」


 アテルがじっと見つめる。

 私は拳を握り、肩を回したあと、全身をワカメのように、にょろにょろさせてみる。


「な、なにを?」

「え? 凝り固まってる感じが少ししたから、全身運動?」

「多少動きづらいとは思いますが……へ、変な動きをしないでください。店員に怪しまれます」

「そう?」


 アテルの隣からひょこっと店員を見た。

 愛想の良さそうな女性が「まぁっ」と両手を合わせた。


「ドレスに黒い布がとてもお似合いですよ!」

「ありがとう」


 私はにっこり微笑んでアテルにも「ありがとう」と伝えた。


「笑顔が天使……」

「え?」

「ごほん……鎧よりずっといいです。これをもらいましょう」

「お金、私が出すよ」

「リリ様、お金持ってるんですか?」

「もちろん。実は大金持ちなの。ほら」


 アイテムボックスからお金を引き出した。

 ゲーム内で実体は見れないけれど、現実世界では簡単だ。


「あの……これは、どこのお金でしょうか?」


 店員が困惑していた。何かの紋章が描かれた金貨をしげしげと眺め、店の奥に持っていって戻ってきた。


「これが、この国の金貨です……お客様の金貨は随分大きいのですが、当店ではちょっとこれでは……」

「あれ?」


 そんな馬鹿な。

 私のアイテムボックスのお金は降臨書にしか使えないダメなお金だったなんて。

 かなりショックだ。

 アテルが優しい瞳で「大丈夫です」と肩をぽんと叩いた。


「私が払います。これで――」


 彼女が取り出したのは銀色の板だった。

 店員が恐れおののいたように顔を強張らせた。


「一回払で」

「か、かしこまりました」


 アテルは鼻高々に支払いを終え、私の手を引いて店を出た。

 ずっと隣で見ていたウィミュが疑問を口にする。


「今の、なに? お金?」

「朱天城に仕える者に与えられるカードで、まあ、お金みたいなものです。逃げるときにこれだけは持ってきました。この国では支払いに困りませんし、もめごとのときに役に立ちます。使えない店もありますが。私の切り札です」

「すごーい! じゃあ、アテルって大金持ちなんだ!」

「そんなに優遇されてるのね。意外と……朱天城って悪くない待遇だったり」

「リリ様……まさか、よからぬことを考えていませんか? 言っておきますが、あそこはモンスターの巣窟ですよ」

「ま、まさか! お金の心配をしなくていいのはうらやましいってだけ」


 こんなに近くにブラックカードを持っている者がいるとは。

 どうにかして私も手にいれたい。

 ただ、もしクレジットカードのようなものならば、気になることがある。


「ねえ、それって使って大丈夫なの?」

「もちろんです。私がもらったのですから」

「いえ、そうじゃなくて、使ったら……アテルの居場所がばれない?」

「は?」


 アテルが目を点にする。

 嫌な予感がした。


「アテル、ちょっとカード貸して」


 何も疑問を抱いていないアテルからさっとカードを受け取って裏を見た。

 番号111。見事なぞろ目だ。

 でも番号があるということは――


「アテル、これ返すけど、たぶん、朱天城に使った店の履歴が知られてるよ」

「え? そ、そうなんですか?」

「うん。アテルとこの111番は紐づいてるはずだから。今日、さっきの店でアテルが使ったってことはバレたと思っていい」

「それはまずいです! 私が戻ってきたことが筒抜けに!?」

「プルルスがもうあなたに興味を抱いていないことを祈りましょう。とりあえず――さっさとカステラに向かいましょう」

「それでも行くんですか? カステラに? ばれたってことですよね?」

「隠し事はいずればれるの。とりあえず離れましょう。さあ!」


 ***


 この胸の鼓動はなんだろう。

 どくん、どくんと一際強く高鳴っている。ヴァンパイアにもこんな感情があったことを喜びたい。


「リリ、顔が変」

「よーく見といて。ウィミュもすぐ同じ顔になるから」

「ええー、私そんなにだらしのない顔しないよ」


 ウィミュが嫌そうな顔をして距離を取った。でも、絶対に彼女も同じ顔をする。

 もう我慢できない。

 近づくたびに漂ってくる甘い香りが数日ぶりの脳をダメにする。

 黄色いスポンジのようにふわふわで、焼き色のザラメがついた両面。

 あまーくほろりと溶ける口当たり。

 ビバ、カステラ!


「やった! やっぱりあった! JRPGばんざい!」

「JRPG? リリ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫。とりあえず、さっさと店に入りましょう。カステラが呼んでる」

「あの、リリ様、一つだけ、言わせてもらっても良いですか?」


 アテルが突然かしこまった。

 怪訝に思った私は「なに?」と振り向いた。


「大変、言いにくいのですが……」

「……悪かったわ。ちょっと壊れかけていたかも。言いたいことはわかる……もう少しおしとやかに振る舞わないとダメね」

「いえ……そういうことでないのです。もっと根本的な話で」

「どうしたの?」

「お金がありません」

「…………え? ブ、ブラックカードは?」

「ブラックカード? あのカードは食品や酒場で使えません」

「どうして!?」

「朱天城のモンスターは人間の食べ物など食べないからです。彼らはMPを喰らい、ヴァンパイアは血を吸うだけです」

「ええっ!? じゃあ、カステラは?」


 目の前で恰幅の良いおじさんが液卵を何かの型に流し込んでいる。

 ここもガラス張りで調理過程が見えるように工夫しているのだ。焼き上がったカステラが数本、白く輝く棚に大切に並べられている。

 この光景を前にして――


「今は、持ち合わせがありません」

「ほ、ほんとに!?」

「残念ながら、カステラはとても高価なのです……リリ様があまりに嬉しそうだったので、言い出せませんでした」

「そんなぁ……ぅぅぅ」

「リリ、元気出して。これあげるから。アテルと買ったの。三本が限界だったけどねー」


 ウィミュが袋から串に刺さった赤いベリーの棒をさし出した。

 いつの間に買ってあったのか。それは砂糖でコーティングされたベリーのお菓子――タングルと呼ばれるものだった。

 口に含むと、とても甘い。

 カステラじゃないけど、おいしい。


「アテルの分も一本あるからどうぞ」

「ありがとう、ウィミュ。リリ様……今はこれで我慢してください。眷属として恥ずかしい限りですが」

「全然、そんなことない」


 私は夢中で砂糖で輝くベリーを舐めた。

 ゆっくりと身体に染み渡る甘味と、二人の優しさ。そして、わがままを言った私のために少ないお金を使ってくれたという申し訳なさ。


「ありがとう二人とも! めっちゃ元気出た。私も自分のお金を稼いで、二人にカステラをおごる」

「はい、がんばりましょう」

「私、杖がほしい!」


 私たちは勢いよく立ち上がった。

 恰幅の良いおじさんが、店内から微笑ましそうにこちらを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る