第21話 緊急事態発生! もう許さないから!

「今日もはりきって行こう」

「「「おぉぉぉーーーっ!」」」


 ワーウルフのワルマーの掛け声に、私たちは威勢良く返事をした。

 今日もしっかりと稼がないといけない。

 配達経路は昨夜のうちに復習してきた。よく注文してくれるお家を中心に、効率的なルートも研究済みなのだ。

 今の私に隙はない。


「あれ、なんか、鐘鳴ってる?」


 ウィミュが長い耳を立てた。

 ワルマーが続き、私とアテルも耳をそばだてる。

 確かに、かんかんと高い音が聞こえていた。


「何か、あったのでしょうか? たぶん警報ですね」

「警報なんて、鳴ったことあったか?」

「私も記憶にはないですが、見張りの鐘から鳴る音に聞こえます」


 四人そろって首をかしげたときだ。

 どこかで見た獣人が息を切らせて走ってきた。

 彼はワルマーを見て、一息に言った。


「城門が全部封鎖された!」

「封鎖? どういうことだ?」

「わからねえ。でも、城壁にすごい数のモンスターが立ってたんだ!」

「待て、待て、落ち着いて説明しろ」

「そいつらが、飛び降りてきて――」


 男はごくんと喉を鳴らした。


「一番近くにいるやつを斬った。元同僚だ」

「なに?」

「本当だ。ワルマーも逃げた方がいい。あのモンスターたちは、ほとんどがサソリ紋を持ってた。たぶん、プルルスが何かやるつもりだ……」


 ワルマーが絶句した。

 何か、心当たりがあったのかもしれない。険しく眉を寄せ、「わかった」と静かにつぶやいた。


「真祖教会が事情を確かめにいくって言ってたが、すぐにあのモンスターたちはここまで来るぞ。それだけの数だ」

「お前はどうする?」

「家族を守りにいく。そのあと逃げるつもりだ」

「そうか……気をつけろ」

「お前もな。俺やお前は――たぶん、狙われてるぞ」

「どうしてそう思う?」

「勘だ。でも、俺の勘は当たる。じゃあな」


 男が去り際に意味深な視線を送る。

 ワルマーが大きくため息をついた。


「まったく、どこに逃げるんだよ。俺の店だってここにしかないってのに。――三人とも、今日の仕事は中止だ」


 ワルマーはそう言って店の奥に引っ込んだ。

 戻ってきたときには三又の槍を手にしていた。傷ついた胸当てが歴戦の猛者を思わせた。


「戦いにいくんですか?」

「アテル、お前はここから離れろ。真祖教会に地下室がある。そこで匿ってもらってもいい。とにかく――お前は来るな」

「いえ、私も行きます。私も、原因の一人でしょうから」


 アテルは泣き笑いのような顔で言った。

 ワルマーと男の会話を聞いていて、思い当たることがあるのだ。

 何より、元々お尋ね者なのだ。カードも使っている以上、この町にいることは明白だ。

 ただ、こんなに大規模な事件になるとは誰も思っていなかったのだ。


「それに、私、レベル20になったんです」

「ばーか。プルルスの部下でレベル20なんて、最底辺だろうが。役に立たない」


 ワルマーは笑った。


「でも、一般人よりずっと強いです」

「まあ、それはそうだろうな。仕方ない……リリ、こいつ頼めるか?」

 

 ワーウルフが鋭い目つきでこちらを見た。

 たぶん、最初からこうなると思っていたのだろう。

 そして、こういうときのために、私に「守ってほしい」と言っていたのだ。


「手助けしなくていいの?」

「いらねえ。リリには関係ない。そもそも今までが穏便すぎたんだ。プルルスは反逆を許さない。あいつは至高のヴァンパイアってやつを目指している。その自分に歯向かったやつは、絶対に逃がさない。俺たちは今まで見逃してもらってただけで、いつかこうなることはわかってた」

「アテルはもちろん守る。でも、私はあなたに手を貸してもいいと思ってる」

「あんたには、守る仲間がいる。強いのは知ってるが、もし、力をこっちに使ってお嬢ちゃんたちが死んだら、俺は後悔する。その代わり――絶対に守ってやってくれ。俺にとっちゃ、それで十分だ」

「そう……」


 頑固なワーウルフだ。

 話を聞いてからでも遅くないのにとは思うけれど、ワルマーの言い分はわかる。


「リリっ!」


 背後から、誰かが駆けてきた。

 よく知ってる人物、ミャンだ。

 服がぼろぼろだった。整っていたくせっ毛はぐちゃぐちゃになり、肩を抑えている。

 血だ。

 額には青あざがあり、靴は片方が無くなっていた。

 彼女は悔しそうに顔を歪めていた。


「どうしたの!? 大丈夫!?」

「プルルスに……襲われましたわ」

「――っ、ディアッチは? ミャンを守らなかった!?」


 ミャンがぶんぶんと首を振った。

 苦しさを吐露するように、「違うの」と何度も言った。


「あの人は、守ってくれましたわ。血を吸おうとしたプルルスの洗脳を阻んで、全員を敵に回して戦ってくれた。私を逃がしてくれたの……でも、でも……戻ってこないの。ごめんなさい」

「どうして、ミャンが謝るの!」

「私、城の一階で隠れてたの。そしたら、モンスターが通りかかって、『これでディアッチも終わりだ』って聞いちゃったの。怖くなって……逃げて、逃げてきたから……」

「ディアッチが……」


 私は、絞り出すように言ったミャンを見つめた。

 彼女はディアッチを待っていたのだ。

 あとから自分を追ってきてほしいと願って。

 けれど、ディアッチは来なかった。プルルスに負けたのだ。


「もう、大丈夫、もう大丈夫だから」


 恐怖で冷え切ったミャンの体は冷たかった。でも、ちゃんと戻ってきた。

 気軽に朱天城に送ってしまった私の大失敗だ。

 でも、生きていてくれてよかった。

 ディアッチは約束を守ってくれたんだ。


「本当にごめん。怖い思いをさせてごめん」

「ううん……リリさんは悪くない。私が、プルルスのことをよく知らなかったから……最初から全然、覚悟が足りなかったの。あんなに――悩んで決めたのに」

「違うの。悪いのは全部、私」


 どこかで、プルルスを軽く見ていた。

 降臨書のモンスターかそうでないかばかりを気にして、この世界で生きる者にとって、どういう存在なのか、わかっていなかった。

 お願いしただけのミャンを洗脳し、血を吸おうとした。そして傷つけた。

 ディアッチも同じだ。

 ――もう許さない。

 アテルもウィミュも、ミャンもワルマーも町も――全部守ってみせる。


「ねえ、みんな。私ね……腹が立った」


 ***


「おいで――大天使ウリエル」


 降臨書から☆9のモンスターを選択した。

 瞬間、光の柱が立ち上った。

 四枚の白い聖羽を持った銀髪の天使が、ふわりと舞い降り、膝をついた。

 温かくて、とても居心地の良い空間が広がった。

 その背後には巨大な教会のような建物が幻視できた。私にしか聞こえない鐘の音が、大天使の降臨を祝福している。


「主よ、何なりとご命令を」

「状況はわかる?」


 大天使が、柔らかい笑顔を浮かべて周囲をぐるりと見回した。

 時折、目をつむり、何かを感じるような仕草を重ね、十秒ほど。


「把握いたしました」

「敵を消して」

「邪悪な気配の者のみ、でよろしいですか?」

「ええ。城壁の端からやってきてる、誰かを襲おうとしている者でいい」

「承知いたしました。では、早速」


 ウリエルの姿がすうっと掻き消える。

 と、その瞬間、遥か遠くに見える城壁の真上に、とんでもなく巨大な雷が落ちた。竜でも降ってきたかのようだった。

 突然の轟音に、町の気配がしんと静まった気がした。

 城壁の一部が真っ黒な消し炭になっていた。


「なんだ、今のは!?」


 ワルマーが恐怖を顔に張り付けて駆け寄ってきた。

 呼吸を忘れていたのか、ぜえぜえと荒い息を吐いている。

 アテルとウィミュは、ぽかんと口を開けたまま、硬直している。


「誰だ、さっきの羽のやつ!? 化け物みたいな存在感だったぞ!」

「んー、友達かな」

「友達ぃ!?」


 よろめくワルマーが、びくっと身体を硬直させた。

 再び、巨大な雷が落ちたからだ。

 それも立て続けに三回。青天の霹靂とは、こういうものを言うのだろう。

 ウィミュが耳をたたんで押さえている。雷は苦手なのかもしれない。

 

「また雷だと!?」

「これから、もっと落ちると思う。家の中に隠れていて」

「さっきのやつが操ってるのか!? 自然を操れるのか!」

「操るっていうか、うーん、魔法」

「魔法のわけないだろ! あんな大規模な魔法はない!」


 それが、あるんだよなぁ。

 ウリエルは雷魔法が得意だから、はりきって落とすだろう。

 まあ、実際のところ、私もびっくりしている。思った以上の威力だ。

 万能魔法があれだから、予想はしてたけれど。


「さあ、町はウリエルに任せて大丈夫みたいだから、次は――」

「おいっ、どこに行くんだ!」

「アテルとウィミュと、ミャンをよろしくね。ちょっと、朱天城に殴り込みに行ってくるから。あっ、これミャンに飲ませといて」

「これは何だ?」

「ただの回復薬だよ。じゃあ、よろしく」

「ちょ、ま、待てっ、一人で行くんじゃないよな!?」


 私はにっこり笑って、大地を蹴った。

 町の人間が小石のように小さくなる。

 空を駆けた。

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