第20話 嘘つきなのだ!

 鋭い舌打ち。不愉快さの露出。

 教祖プルルスは距離を取り、眼前の巨体を睨みつけた。


「どういうつもりだい? ディアッチ」


 ディアッチは答えない。

 力を失ったように倒れ込むミャンを抱え、ゆっくりと立ち上がった。

 斧が、プルルスに向けられた。


「ヴァンパイアにはさせん」

「何だい、その口の聞き方は。いくら君でも、度を過ぎている。許しがたいよ」


 周囲のモンスターたちの罵詈雑言が響き始めた。

 殺意の渦が、至る所に生じていた。

 しかし、巨大な体は揺るがない。

 瞳は鋭くなり、威圧感がさらに増した。


「この者は、望みを述べただけに過ぎない。あなたの贄になりたくて来たのではない」

「僕は訊いたはずだ。頼みごとをした者たちがどうなったか知っているか、と。君は、知っていると答えた。当然――こいつが贄になることも知っていたはずだ」


 ディアッチがやるせないように首を振った。


「問答は覚えている。が、ヴァンパイアにすることは認めていない」

「勝手な言い分だ。つまり、嘘だったと?」

「真っ赤な嘘だ。我は嘘つきなのだ」


 プルルスの瞳が大きく見開かれた。

 ディアッチがにやりと笑みを作った。


「我は、そんな昔の話を覚えていない」

「ディアッチ……お前、狂ったのかい?」

「狂っていたのは、昔の我よ。今の我は、正しく、自分の道を選ぶことができる。こんな風にな」


 斧が風を切った。

 見えない刃が空間を走り、壁に亀裂を作る。と、同時に、大声で野次を飛ばしていたモンスターが数匹、塵になった。


「貴様、僕のモンスターに手を出したな」

「今、この瞬間をもって、我はあなたの配下から抜けると決めた。我が信ずる神と、あなたの望みが、正面からぶつかったからだ。どちらを優先させるかなど、考えるまでもない」

「どういう意味だっ!」

「言葉通りの意味だ」


 壁際に並んでいたモンスターたちが動き出した。

 不敬な態度に怒り、攻撃を始める。

 場は一気に混戦状態となった。


「かかってこい。解き放たれた我を止められるのなら」


 ディアッチの頭の中に、偉大なる主の声が響く。

 それは、ミャンを迎えに行ったときの会話。


 ――一応、行っておくけど、ミャンに手出しさせないようにね。

 ――承知しましたが、そうなった場合に我は動けません。

 ――どうして?

 ――与えられた使命はプルルスの動向を探ることです。ばれた場合のみ逃げてよいと。

 ――優先順位が違う。いい? 今回はミャンのことが一番。それ以外は、全部放棄していい。他のことは、ディアッチの正義に従って行動しなさい。今のあなたなら、できるでしょ?


「なんと心強い言葉か。我の正義を、主が信じて後押ししてくださったのだ。これぞ、至福なり!」


 ディアッチは嬉々として斧を振るい《会心剣》を放つ。

 数多のモンスターが刻まれ、次々と行動不能になっていく。

 本当なら、これだけの数を相手に戦うことは難しかった。

 しかし、リリによって上げられたレベルは、そのまま力の差として現れていた。

 敵の輪が、ぐっと線を下げた。

 思いがけない反撃に誰もが戸惑っているのだ。


「起きろ、ミャンとやら。逃げるなら、このタイミングしかない。とにかく外に走れ。そして――主の下へ」


 ディアッチは出口の前に陣取り、無理やり起こしたミャンを外に放り出した。

 ミャンが悲愴な顔で走り出した。

 何度も振り返っていたが、廊下から別のモンスターたちが現れると、弾かれるように逃げた。


「そうだ、それでいい。これは、お前の戦いではない。我自身が己の過去に挑む戦いなのだ。主が――この瞬間をわざわざ与えてくださったのだ」


 心地よさそうに言ったディアッチは、すぐに表情を引きしめた。

 広間に「下がれ、クズども」と透き通った声が響いたからだ。

 プルルスだった。

 顔は怒りに染まり、瞳は吊り上がっていた。


「アテルを捕まえられず、新たな贄を逃がし、腹立たしいことこの上ない。優しくしてやったらつけあがりやがって。その程度で勝てると思っているのかい」

「勝てる勝てないではない。いずれ来る瞬間が、早々に来ただけのこと」

「何を言ってるのか、さっぱりわからないな」

「わかってもらわずとも結構。さあ、邪魔者はいなくなった。始めよう」

「死ぬよりつらい苦しみを与えてやる」

「それは楽しみだ」

「――聖魔法・スティグマ」


 ディアッチの足下に巨大な円が浮かび上がった。白く輝く光が明滅し、一瞬にして白十字に貫かれる。

 じゅうじゅうと表皮がやけ、ディアッチは苦悶の表情を浮かべた。

 プルルスの使用する聖魔法。

 行動不能状態にすら陥る弱点への攻撃。

 だが、笑っていた。四つ足の巨体は、白い光の中で、一歩進み出た。


「こんなものか、プルルス」

「――聖魔法・スティグマっ」


 弱点への二発目の魔法。

 逃げることを許さない攻撃に、抗う術はなかった。

 もともと、ディアッチは物理攻撃型のモンスターだ。魔法に抗うには、アイテムを使用するしかない。

 しかし、彼は生身で受け止めている。

 すでに奇跡だった。

 ディアッチは弱点を突かれたことなど微塵も気にせず、斧を振り上げた。

 四つ足が床を蹴った。

 斧が、プルルスのいた場所を斬っていた。


「――聖魔法・スティグマっ!」


 プルルスは背後に跳んでいた。声には焦りが滲んでいた。

 斧がその着地点を追跡する。かろうじて上半身をそらして、かわしたものの、周囲にいたモンスターが代わりに切り裂かれた。


「ぬるい、ぬるい」

「お前、どんな手品を使った!」

「弱点を知る敵が、そこを突いてくることなど、自明の理。気合で耐えれば良いだけよ」

「気合だと!? ばかを言うな」

「たとえHPを削られようと、この狭い空間で、あなたの動ける範囲は限られる」

「なに?」

「魔法比べでは決して勝てまいが、来ると分かっている魔法に耐え、追いかけて斧を突き立てるだけならできる。それだけで十分だ。我の覚悟をあなどらないことだ」


 プルルスが愕然と表情を歪めた。

 世界でも指折りの魔法を放つ相手に、近づいて斬るという単純な戦法を選んだことが信じられなかった。

 何より、ディアッチのHPでは耐えられなかったはずなのだ。


「考えごとか? 足を止めてよいのか?」


 プルルスがはっとして、頭上を見上げた。

 斧が振り下ろされた。処刑台の刃を彷彿とさせた。

 間一髪で、近くにいた味方を引き寄せ、刃の軌道にすべりこませた。がりっという音と共に真っ二つとなり、プルルスはそのわずかな時間に距離を取る。


「主とはまったく違う、無様な戦い方だ」


 ディアッチは自然とリリの姿を思い出した。

 リリなら片手で斧を反射し、何でもないように体を叩くだろう。

 その一発が、意識を刈り取るほどの威力なのだ。

 あれこそ、最強のヴァンパイアであり――伝説に謳われる真祖だ。


「あなたが広めた教えは、確かに間違っていなかった」


 ヴァンパイアこそ、至高の存在。

 プルルスはその存在こそ、自分だ、と国に教えを説いた。


「だが、比べるべくもない」

「さっきから、何を言っている! 調子に乗るなよ」


 プルルスの顔つきが変わった。

 焦燥を浮かべた顔が壊れたように歪んだ。

 片手に抱えていた古びた本が、深緑色に輝いた。

 小さな魔法陣が床に描かれた。

 すると、せり上がるように、馬と、槍を手にした鎧兵が四人現れた。

 感情の無い瞳が、兜の奥で光った。

 そして、一斉に駆け出し――ディアッチの前足の一本を、左右から貫いた。


「ぐぅっ」


 顔が苦悶に歪んだ。

 貧相な鎧兵ごときに、足が軽々と貫かれるとは思わなかった。

 プルルスがにたっと笑った。


「どうだ、古の書物のモンスターは。強いだろ。これこそが、僕が真祖になりえる理由だ」

「その……書物は」

「真祖たるヴァンパイアはすべてのモンスターを支配できた。呼び出し、指揮下におけたんだ」

「扱えない……はずだ」

「だが、僕は解析した。前回のキツネ狩りの時よりも、ずっと扱いやすくなった。それに、こんなこともできる」


 プルルスが本をめくった。

 ぱらぱらと音をたて、ぴたりと止まる。


「聖魔法・強化――この本は、魔法を強化することもできるんだ。聞いたこともないだろう」

「そんなことが……」

「ディアッチ、お前が頑丈になった理由はわからないけど、次の魔法は耐えられるかな? ――スティグマ!」


 光が溢れた。

 室内を呑み込み、壁を破壊し、ディアッチの体を刺し貫いた。

 その威力は、さっきの比ではなかった。

 プルルスの高笑いが聞こえた。

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