第5話 みんな、できることをしようね! え、私も?
あの後、私たちはまた別の洞窟にやってきた。
前と同じようにアテルが適当な岩場を見つけ、中を削って広げて空間を作ってくれた。
テントいらずのすごい技術だ。
土の中の方が寝やすいですか? なんてアテルに聞かれたが、黙って首を振っておいた。
そんな経験があるはずがない。
「ほんと、アテルって高性能ね」
「こうせいのう?」
「何でも、とってもできる人って意味」
「私ごときがですか?」
「その、私ごときって言うのやめて」
不機嫌に口を曲げて、薪を組む彼女に視線を向けた。
アテルの顔には疲労感がにじみ出ていた。
無理しすぎていることを諫める意味もあった。
「私は、本当にそう思ったから言ってるだけ」
アテルが言葉を呑み、しばし黙り込む。
そして、ぷるぷると口端を震わせて下手な笑顔を作った。
どうやら照れているらしい。
「その……光栄です」
「私はアテルみたいにネズミを捕れないし、上手に串も、お箸も作れない。だから、アテルはすごいの。次、私ごときって言ったら本気で怒るから」
「はい……ごめんなさい」
アテルは頷き、てきぱきと薪を組み立て、《ファイヤ》で火をつけた。
その手際の良さに感心していた、もう一人のウサギ耳の少女――ウィミュがしゅぱっと片手を上げた。
「リリーン様! 私も何か役に立ちたい!」
「役に立ってくれるのは嬉しいけど、今日くらい休んだら? 村で色々あったし」
「もう吹っ切れたので大丈夫!」
ウィミュがウサギ耳をぴこぴこ動かして、こちらを見つめる。
とても不謹慎だけど、さすが贄に選ばれただけあって、びっくりするくらいの美少女だ。
くりくりした大きくて青い丸い瞳が可愛らしい。
さらに頭部の耳がリアルバニー。
《降臨書》にはいなかった。いたら覚えていると思う。
「じゃあ、何かお願いしようかな。そういえば、妹さんからもらった袋は何だったの?」
「あっ、私の嫁入り道具です! ……予定で終わったけど」
ウィミュはさわやかな笑顔で自虐を混ぜた。
本当に吹っ切れているらしい。私なら三カ月は引きずっているだろうに。
婚約者、存在が薄いなぁ。
「服がたくさんとー、鍋とかナイフとか」
「ほうほう。服ね……ウィミュ、靴はある?」
「あるよ、これ」
彼女が袋の中から茶色いブーツを取り出した。かかとにウサギの白い丸い尾のような綿がついている。
手にとってしげしげと眺める。サイズは少し大きいけど、これ、いいかも。
服とのミスマッチはこの際、目をつむろう。
「もらっていい?」
「いいよ! リリーン様なら全部あげる」
「ありがとう。あと……服があったらアテルにあげてくれる?」
「うーん、じゃあ、これは?」
取り出したのは茶色いワンピースだった。かなり丈が短い。
「ありがとうございます。いい……香り……」
アテルはそう言って受け取り、ばさっと豪快に服を脱ぎ捨てて着替えた。
ボロボロの服をようやく着替えられた彼女は嬉しそうにくるりと回った。
そして、ふと気になった。
「ねえ、どうして腰の後ろあたりに穴があるの?」
「ウサギ族だから。尾があるの」
「尻尾があるの? どんな?」
ウィミュはこちらに背を向けた。
後ろ手にスカートを持ち上げると、確かに丸いピンク色の塊がついている。
しかも、何度か動かしているところを見ると本物に間違いない。
「ウサギ……やるな。細部のこだわりすごい」
「短いから隠す服もあるし、あげた服みたいに穴があいてて、わざと出す服もあるの」
「なるほど、勉強になる。アテルも着替えられて良かったね」
「はい。これで気持ちよくネズミ捕りにいけます。では、リリーン様、そろそろ出かけてもいいですか?」
「気をつけて。プルルスの手先がいるかもしれないから」
「私も行く!」
ウィミュが立ち上がってぐっと両拳を握った。
アテルが不安げな顔で見た。
「大丈夫ですか? ネズミは難しいですよ」
「私は草を集めるから」
「野草ってことですか?」
「それそれ!」
アテルがちらっと意味ありげな視線をこちらに向けた。
私は特に止める気はない。ウィミュが頑張りたいなら任せればいい。
「では、行ってきます」
「山ほどとってくるからねー」
風のように出て行った二人は、たっぷり一時間くらいは戻らなかった。
そして夜が来た。
***
「ネズミ五匹、獲りました」
「私はコウゾとモミジイチゴと、タラの芽とノアザミとワラビ!」
テーブル代わりの平たい石の上に、ネズミとこんもりとした野草が積まれた。
私には野草なんてさっぱりわからない。
ただ、聞きなれたワラビやタラの芽があるということはJRPGの世界を一部引き継いでいるのかもしれない。
ゲームでは一度も出てこないけれど。
「では、かまどの用意をします」
「あっ、アテル! 鍋があるよ! 少しだけ油も!」
ウィミュが袋から鉄鍋を取り出した。小さな筒は油入れだろう。
「それはいいですね。食事が華やかになる」
「今日は素揚げだねー」
私の目の前で、可愛らしい少女二人が、迷うことなく調理を始めた。
ナイフを使って野草を食べやすい大きさに切り、アテルが今日はネズミを解体している。
たぶん私より一回りは年下だろうに。
それに対して転生者の私は、小さな石にちんまり腰かけて、出来上がるのを待つだけだ。
これはいけない。
二人が輝いて見えてきた。
料理なんて、何年もした記憶がないけれど、少しくらいがんばらないと。
「わ、私も……手伝おうかな」
「リリーン様はお待ちください」
「そうだよ。こういうのは得意だから任せて」
「でも、ま、まあ……箸くらい作ろうかな」
「箸を!?」
「なに? アテル? 何か言いたいことある?」
「いえ……その……お願いします」
「任せなさい」
アテルがこそっと席を離したのが見えた。
心外だ。
箸をどうやって作るの? と興味津々のウィミュを見習いなさい。
――《血界術》
拳サイズほどの赤黒い液体が指の上にできあがった。
前回より随分小さい。成功だ。
「おおっ!」
「箸は……こうやって――」
ヒュンッ――と何かが高速で突き抜けた。
いや、貫いていた。
ウィミュの耳横を。
彼女は目を見開いて固まっていた。
アテルの「やっぱり」という視線が痛い。
でもでも、少しは成長したよね? ね? 壁まで貫通してないし。細いし。
「こうやって、作るものだけど――気をつけないといけないね」
と、私は乾いた笑顔を浮かべた。
そして、「驚かせてごめん。私、下手なの」と未だにフリーズしているウィミュに謝った。
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