第6話 アテル、すたんどあーっぷ!
ネズミの肉の素揚げ。
野草の素揚げ。
油が入るだけでどうしてこんなにおいしいのだろう。
できれば塩があればもっと良かった。
あと甘味。アイスか、せめて甘いココアとか。
「美味しかった。ありがとう」
「リリーン様にそう言っていただけるだけで」
「私も、私も!」
私たちは少し話をした。
ウィミュの村のこと、大事な妹のこと。
贄に突然決まって悲しかったこと。
仕事かSNSしかなかった私は、ゆっくり人の話を聞く機会がとても新鮮だった。
***
昨日と同じく私はベッドだった。
アテルは入口で見張りをすると譲らない。
ウィミュは持ってきた袋の中に薄い布があったそうで、お腹にかけてすぐに寝てしまった。
私はこれからどうしようか、とぼんやり考えた。
まずは食事を整えないといけない。
私はこの生活では別の意味で疲れてしまうだろう。
JRPGを受け継いでいるなら、町に行けばなにかあるはずだ。
でも、ヴァンパイアがどういう扱いであるかはウィミュの村で知った。
「困ったなぁ」
そのつぶやきが夢の中だったか、口に出たかはわからない。
でも、瞬間的に、何かぴりっとした感覚が脳裏を通り抜けたことは間違いなかった。
洞窟で誰かが息を殺して動いていた。
人だ。
その人物は一番奥で寝ていたウィミュに近づいて、手を伸ばした。
私は音もなく瞬時に移動し、その腕を止めた。
「――っ!」
犯人の瞳が驚愕に開かれた。
それはアテルだった。
血走った瞳は真っ赤に輝き、犬歯がひどく尖っていた。
ぎりぎりと手首を締め上げる私を見て、アテルは泣きそうな顔で振り払った。
彼女はおびえた表情を浮かべ、一目散に逃げ出した。
私は追いかけた。
彼女は振り返らなかった。何かを恐れるように夜の森をかけた。
じぐざぐに木々の間を走り、時折頭を抱える彼女を、私は距離を離されないように追いかけた。
アテルが立ち止まった。
「私はヴァンパイアです!」
吠えたような声は、とても悲し気だった。
私がいることは知っているだろう。
ゆっくり近づいて彼女を振り向かせた。
アテルは申し訳なさそうに肩をすぼめ、涙を流していた。
「私は、私は、プルルスに変えられました。私は――血を吸わなければおかしくなるのです」
「ウィミュの服を着たのがきっかけ? いい香り、って言ったときの顔に違和感があったのは気になってた」
「それは些細なことです。私のような低級のヴァンパイアには定期的に血が必要なんです。この瞬間に、いつも――死にたくなる」
「そう……」
私は自分の細い腕を目の前に差し出した。
アテルの顔が恐れるように歪んだ。
「どれくらい必要? ヴァンパイアに吸われた人間はヴァンパイアになるんだっけ? 私なら大丈夫だよね。もうヴァンパイアだし」
「それは……ですが……」
「いいよ。私がいいって言ってるんだから。でも、もし、アテルがどうしてもそれが嫌で、そんな自分が大嫌いで、すぐにでも死にたいっていうなら――私が今、この場で終わらせてあげる。たぶん……アテルはそれも考えたことがあるでしょ。なんとなくだけど、あなたが尽くしてくれる理由ってそういう期待もあったのかなって今は思う」
アテルの目尻がすうっと下がった。
肩の力が抜けて、優し気な表情だった。
「何度も、考えました。リリーン様なら、私ぐらい一瞬で殺してくれるって。でも、怖かった。たった二日なのに……あなたの側にいると楽しかった。高貴なあなたは、ネズミなんて、きっと食べたことがなくて、美味しくないはずなのに、何も言わずに食べてくれました……ヴァンパイアなんてとても信じられないくらい優しかった」
「アテル、私はあなたを殺したくない」
「私も……死にたくありません」
「それと……私を高貴だなんて、バカな勘違いをしているようでは、まだまだ観察が足りてない」
私はそう言ってまどろむように微笑んだ。
私に高貴さなんてものはない。
社会人のストレスを甘いものとアルコールにしか向けられなかった私を、情けないほどずぼらな私を、二日で知った気にならないことね。
まだまだ知ってもらわないと。
「ヴァンパイア・リリーンが命じる。アテル、私の血を吸いなさい。それで、あなたが助かるなら」
「本当に……あなた様という人は、私の考えていたことをまるで見通しておられるようです……真祖さまに心より深い感謝を」
アテルが私の細い腕をとって、ゆっくりと牙を立てた。
赤い血がつうっと流れ、彼女の口内に流れこんだ。
その瞬間だった――
「うぅぅっっ――」
彼女がたたらを踏んで崩れ落ちた。
体を赤いオーラが覆い始めた。
背後に二メートルほどのサソリの模様が浮き上がり、アテルが胸を抑えて苦しみだした。
そして、赤いオーラが頭頂部から首にかけて白く塗り替わっていく。
胸に、腰に、足先に。
オーラのすべてが輝くような白銀に変わった。サソリ模様が木っ端みじんに砕けた。
アテルが大きくせき込んだ。血の塊が出た。
巨大な『白十字』が浮かんだ。
天から一筋の光の柱が降りた。まるで何かを祝福するような光は、森の一帯を明るく染め上げ、ふわりと霧のように消えた。
アテルがゆっくり立ち上がった。
私のウィンドウにメッセージが現れた。
――ヴァンパイア・アテルが眷属になりました
思いがけない内容だった。
でも、私は自然と微笑んだ。
ゲームの世界なら不思議でも何でもない。
「リリーン様……」
「よくわからないけど、あなた、私の眷属になったみたい」
「はい……そうみたいです。とっても嬉しいです。なにか、体の中の淀みが消えて軽くなったみたいです」
「他に変わったことは?」
「血を飲む必要がなくなったみたいです。頭の中でそう聞こえます」
「良かったじゃない」
「代わりに、『赤い飲料』がいるみたいですけど」
「それなら、いいものを教えてあげる。私も昨日飲んだところ」
「作ったのは私ですが」
「そうね。これからも、任せるからよろしくね。あと、作り方聞いておこうかな」
「木の実を絞るだけですよ?」
「私はそういう繊細なの苦手だから。知ってるでしょ? 私がやったら、きっと、服が破れると思う」
アテルは「本当にありそうですね」と笑い声をあげた。
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