第4話 ウサギちゃんピンチです!
「返されたくない理由を教えて」
「私は……プルルスの贄だから。村からプルルスの城に運ばれる途中に、そこのヴァンパイアに奪われたの」
「なるほどね」
私は小さな石に腰かけ、細い腕を組んだ。
贄――話の流れからすると、プルルスはヴァンパイアで、処女の血を吸うってことかな。
ゲームではありきたりの設定だけど、現実にやっていると聞くと色々と複雑で怖い。
視線の先でうつむいている少女が長いウサギ耳をしなっと曲げて体を震わせている。
怖いのだろう。
「あなた、名前は?」
「ウィミュ……です」
「ウィミュ、そういう理由があるなら返すのはやめる」
「ほんとに!」
「ええ。でも、私とそこのアテルもヴァンパイアだから、状況は同じじゃない?」
「全然違う! ……違います」
「もう無理な敬語はいいから、普通にしゃべって。何が違うの? 血を吸わないこと?」
その問いに、ウィミュは首をぶんぶんと振った。
「なんか怖くないの。真祖さまもアテルって人も――近くにいても怖くない。でも、プルルスは怖い……一度しか見たことないけど、思い出すだけで震える」
「そう……」
私はしばらく目を閉じて考えた。
彼女なりの直感だろうか。
プルルスはよほど怖いヴァンパイアなのだろう。
誰かの視線を感じた。アテルだった。彼女はウィミュをじっと見つめ、浮かない表情をしていた。
もしかして、アテルもプルルスを知っているのだろうか。
「わかった。じゃあ、村に返そう。それなら大丈夫でしょ?」
「それは……たぶんダメだと思う」
「どうして?」
「だって、贄として決まったから。私が戻ったら、村に迷惑がかかるもん」
「プルルスが怒るってこと?」
「うん……」
女の子一人のことでそこまでするだろうか。
もちろん、私と一緒に連れていってもいいけれど、せめて村の許可はとった方がいい気がする。
何より、贄にならずに済んでいると教えた方が、家族が安心する。
「ウィミュ、村に心配してくれる知り合いはいる?」
「その……婚約者がいる」
「婚約者? へー」
若そうに見えるのに、何てうらやましい。
いや、そういう話じゃないよね。
それなら、余計に知らせないと。
「たぶん、追い出されるし、村には迷惑がかかるかも……でも、やっぱり最後に会っておきたい」
「OK。よし、アテル、ウィミュの村に行こう。道案内はウィミュ、お願い」
***
私とアテルは、ウィミュを連れて森に入った。
追手を警戒し、街道を避けて歩かざるを得ないのだけれど、ペースが遅すぎる。
私には一向に進んでいるとは思えなかった。
「どれくらいでつくの?」
「一日くらい」
ウィミュの言葉に思わず目まいがした。
裸足でずっと歩く身としては、色々とつらい。固い何かや、柔らかい何かを踏んだりするのだけど、見るのが怖くて下を向けないのだ。
何時間歩いただろう。私はとうとう腹を決めた。
「ウィミュ、背中に乗って。飛ぶ」
「え? と、飛ぶ?」
「時間が惜しいから早く」
その言葉に取り乱したのはアテルだ。
「リリーン様が背負うなんて! 私が背負います!」
「アテル、体調悪そうだけど大丈夫? 寝てないから? クマできてるよ」
「大丈夫です!」
「……なら、私が手を引っ張るから。ついてこれなくなったら早めに言って」
私は足に力を込めた。
そして、斜め45度の角度で飛び上がった。
――ドンっ
まさにそんな音だった。大地を蹴った私は、目指す方向に跳んだ。
アテルが顔を引きつらせる。
ウィミュは「すごい」を連呼して、ぎゅっとアテルの背中に引っ付いた。
私は――完全に引いていた。
なんだ、この跳躍力は。
歩くよりは早いだろうとは思っていた。でも、森の背丈を軽々超えて、空中散歩のような真似ができるとは思ってもみなかった。
放物線を描き落下、近づいてくる地面をまた蹴った。
目的地には、そんな散歩を数回繰り返しているうちに到着した。
***
「さすが、リリーン様です……」
「真祖さま、すごい」
「お世辞はいいから、さっさと報告してきて」
小さな竪穴住居が集まったような村だった。
ゲーム内は近現代の町ばかりだったので、面食らった。
私の到着音を聞いて、村の者たちが数人出てきた。
男性も女性も全員ウサギ耳だ。
懐いたペットのように、本物のウサギも足下をついてきている。
結構、癒される光景だ。
その中に、一際、凛々しい男性がいた。
さわやかな印象でたくましい体の彼は、現代でも通用するほどのフェイスだった。
「イヴァ!」
「ウィミュ、どうして村に!?」
ウィミュがアテルの背を降りて、勢いよく走っていった。
わき目もふらず、イヴァという男性の元に一直線。
村人も小さなウサギも、全員がその二人から距離を取って見ていた。
まるで恋愛ドラマの最終回でも見ている気分だ。
――パンっ
と乾いた音が鳴った。
ウィミュの頬が、叩かれた音だった。
彼女は双眸を見開いた。一瞬だけ暗い顔をした。
けれどすぐに、作りものとわかる笑顔をイヴァに向けた。
「一目だけ……会いたくて」
「君は贄に選ばれただろ! 村を危険にさらす気か! それに――君はあのとき死んだんだ。今の俺には、新しい婚約者もいる!」
「……それは知ってる」
「輸送隊はどうした? まさか君が――」
イヴァが一歩下がった。
村人たちも、おののくように下がっていく。
はれ物のような扱いが広がっていく。
ウィミュが輸送隊を始末して、ここに戻ってきたのではないか、という疑念が浮かんでいるようだ。
「出て行け!」
離れた位置で誰かが叫んだ。歳を取った男性だった。
別の場所から物が飛び始めた。
「出て行け!」
とうとうイヴァが叫んだ。その顔には恐怖が浮かんでいた。
彼は右手をウィミュに向けた。
何かが渦巻く。風だ。
大きな塊が彼女に飛んだ。
彼女は避けなかった。
「私、ほんとに何も悪いことしてない」とうつむき、抵抗することはなかった。
私はそれを見て最低のドラマだと思った。
みんな、プルルスに目をつけられるのが怖いのだ。
それは理解する。でも、これはあんまりだ――
「ウィミュは私がもらった」
ウィミュの前に立ちはだかった。私の方が小さくて壁にはなれていない。
でも風の塊は体に当たる前に消えた。
風魔法は無効だ。それに、大した魔法じゃない。
エフェクトを見る限り、ゲームでは初期に手に入る魔法だと思う。
こうなるとわかってやってきたウィミュの覚悟を傷つけさせてたまるか。
「この子を傷つける者は――ヴァンパイア・リリーンの名において罰を与える。それでもかかってくる?」
「ヴァンパイアだ!」
村全体が、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
この世界でどれだけヴァンパイアが恐れられているかよくわかった。
彼らにとって、私はモンスターなのだ。
それなら、それでいい。ウィミュを守れるなら。
「もう、この子に言うことはない? 本当の本当に――最後の機会よ」
私は願うように声を張り上げた。
背を向けて逃げる者たちの中から一人の女性が進み出た。
大きな袋を抱えている。ウィミュと似た顔立ち。
「お姉ちゃん……」
妹だろう。
恐る恐る近づいてくる彼女を、ウィミュが走って迎えにいった。
ウィミュが何かを説明し、ありがとう、と告げた。
最後に、姉妹は別れを惜しむように抱きしめ合った。
妹と思われる少女が、こちらにぺこっと頭を下げた。「お姉ちゃんをお願いします」と、かすかな声が聞こえた。
私は仏頂面できびすを返した。
最低のドラマは少しだけ持ち直したようだ。
「いこう、ウィミュ。これ以上ここにいると村を燃やしたくなる」
「はいっ!」
その顔にはふっきったような笑みが浮かんでいて、私は思わず口をへの字に曲げた。
「嬉しそうな顔しないで。婚約破棄されたあげく、村にも嫌われて最悪よ。蹴りでもいれてやったらよかったのに」
「最初からわかってたから。それに真祖さまのおかげで、妹と話す時間ができたから十分だよ」
「だから、嬉しそうな顔しない。ここは、泣きながら私に連れ去られる場面」
「はい! がんばる!」
「だーかーらー、ってもういい。アテルも行くよ」
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