第32話 いつも通りの計画性のない思いつき

「で? リリのお願いってなに? 難しいのはやめてよ」

「お願いっていうか……お店って作っていいのかな?」

「お店? 何のお店?」


 ウーバが不思議そうに首をかしげた。


「ケーキ屋さんを作ろうかなって思ってて」

「……ケーキ屋さん? あなたがケーキを作るの?」

「ううん、私は簡単なお菓子しか作れない。でも、ケーキとかカステラとかを作りたいの。さっき渡したカステラもそうだけど、普通の人が簡単に買えないでしょ? ずっと思ってたんだけど、ルヴァンさんの話を聞いて、やっぱり作ろうって思って」

「つまり、『誰でも食べられるケーキを売り出して、もっと国中に広めよう』って感じね」

「そんな感じ!」

「安くなったら、リリも、もっと気軽に食べられるし――と」

「ま、まあ、裏の目的は……ね。でもみんなに気軽に食べてほしいのは、ほんとだよ」


 ウーバが机に肘を乗せて、手のひらを上向きにして、形の良い顎を乗せた。

 おかしそうに瞳を曲げている。


「なにか変?」

「いいえ、真祖がケーキ屋を開こうとするなんて、変わってるなあって思っただけよ」

「そうかな? 私、甘党だから……」


 ウーバがくすくす笑って見つめる。

 少し頬が熱を持ったので、両手で顔を隠すように覆うと、彼女はさらに笑って「いいんじゃない」とつぶやいた。


「やりたいなら、止めるつもりはないわ。差し当たっては、どうするの?」

「よく知ってるスイーツ屋の店主さんたちに協力してもらえないか聞いてみる。できたら、うちで出す商品を作ってもらえないか、って。あと、材料集めの依頼を受けてくれそうな人を探す」

「……お菓子ってどうして高いか知ってるの?」


 私は薄い胸をとんと叩いた。

 その辺りはルヴァンさんから聞いている。


「材料が危険な場所にあったり、危険なモンスターのドロップアイテムだから」

「そうね。特に砂糖の流通量が少ないのは、人が近づけない場所にあるからよ」


 そう。それが難関で、スイーツの価格を押し上げる原因になっている。

 この世界の元となったJRPGでは、食事やスイーツについての設定はない。レガシーに缶ジュースがあったり、ラジカセといった古いアイテムもあるけれど、主人公が落ち着いて食事をして、空腹を満たすシーンなんて一度も出てこない。

 その結果、イチゴは水中に生え、砂糖は結晶になっているらしいし、存在が無茶苦茶なのだ。

 無理やり世界感を合わせようとした結果、未設定の部分がランダムに割り振られたようにちぐはぐだ。

 私は、ウーバを見つめて言った。


「だから、ある程度、強い人にお願いするつもり」

「その人たちの見返りはどうするの? 危険な場所だからこそ、見返りは必要よ」

「ちゃんと売り上げから払うようにしたいけど、最初は私が材料を集めて、ついでに稼ぐ」

「……え?」


 ウーバの瞳が丸くなった。


「強いモンスターを狩れば、いい値段の武器が手に入るから、それで荒稼ぎしようかなって」

「まあ、リリにとっては全然苦じゃないでしょうけど……冒険者でもやって高額報酬の依頼を受けた方が早いんじゃない?」

「それもありかなって思ってるけど、私って幼女でしょ? 受け入れてもらえるか不安だし、他の上位冒険者のテリトリーに踏み込んで、正面からぶつかるのは、できたら避けたいの」

「材料の全部をリリが集めるのは……さすがに無理になってくるか」

「だから冒険者ギルドに登録して、小さな依頼を受けつつ資金を貯めながら、仲間と一緒についでに材料集めをしつつ、うちのお店の専属のハンターになってくれそうな人を探したいの」

「なるほどね。ついでにレガシー級の武器が手に入ったとかなら誰か高値で買ってくれるかもしれないわね」


 ウーバは目を細めて机を見た。

 そして、微笑を浮かべながら顔を上げた。


「まあ、計画にツッコミどころが多すぎるけど、真祖がやることだし細かいことはあとで考えればいいわね。力技でどうにでもなりそうだし」

「うんうん! それに最初は見返りなしで手伝ってくれる人を探すつもりだから」

「そんな人いるかしら? まあ、でも、それはそれとして、一応、お店の開設はこっちじゃなくて、商業ギルドに申請がいるはずよ。何より、その辺の事務と会計ができる人材を先に確保しないと」

「うんうん! だから……お願いできないかなぁって」

「……は?」

「ウーバ、詳しいでしょ? 何年も城で働いてて……」


 ウーバが眉根を寄せた。


「……私の、小さな感動を返しなさい! 絶対ありえない! 私は嫌よ! これ以上、何か仕事するなんて無理、無理、無理! しかも見返り無しなんてありえない!」

「そこを何とか!」

「ぜえーったい嫌!」


 ウーバがつんとそっぽを向いた。

 私はしゅんとして言った。


「じゃあ、シャロンさん、貸してください」

「シャロン? 私の右腕じゃない! 嫌よ!」

「……じゃあ、プルルスと直接交渉させてください」


 ウーバがひくっと頬を持ち上げた。


「リリ……最初からそのつもりだったわね?」

「い、いやー、できたらウーバが良かったけど、次点がシャロンと、店員に合いそうな、ここの門番のユミィとルリィを」

「人、増えてるじゃない!?」

「大丈夫! ちゃんと私からプルルスに説明するから!」



 ***



 白雪城、大広間。


「いいんじゃないかな」

「いいんですか!?」


 プルルスがにこにこ笑っている。

 逆に、ウーバは魂が抜けきった人形のように肩を落としている。

 直接交渉してみると、細かい説明をするまでもなく許可が降りた。


「シャロンもユミィもルリィも、みんな連れていって構わないよ」

「本当にいいの?」

「もちろん、主様の願いだからね。それと、あの三人は、はっきり言って白雪城に置いとくだけなのはもったいない」

「私は、非常に助かっているのですが……」


 ウーバがぼやいたが、プルルスはどこ吹く風で言う。


「朱天城が無くなってからバタバタしたけど、もう落ち着いてきた。大半の配下には用事がないから城下で自由行動させているし、吸血の問題も、主様のおかげで解決した」

「ひと吸い、ワンコイン作戦――ですね」

「そうだ」


 プルルスが自信ありげに胸を張る。

 ヴァンパイアが数多いこのヴィヨンでは、どうしても吸血する側とされる側で衝突が起きてしまう。それなら、いっそのこと有料で吸わせてもらったらどうだろうと考えた。

 もちろん単価は高めに設定。

 吸血ルームを作り、カーテンの奥に手を差しいれて、そこでヴァンパイアが吸う仕組みだ。

 どんなヴァンパイアが吸ったかもわからないし、視覚的な恐怖も除ける。

 下位のヴァンパイアであれば、血を吸われてもヴァンパイア化しないので、まったく問題ない。

 血を吸われてもお金が欲しいという人は少なからずいるのだ。


「唯一、まずい血と美味しい血に当たるかが運次第ってことだけど、被害者があちこちで出て真祖教会と対立するよりはましだろう。あそことは仲悪いままだからね――」


 プルルスは口元をほころばせる。

 元がイケメンなだけに、まともになると、とても格好いい。


「ヴァンパイアにとっての最大の問題も解決済み。あとの白雪城は人間の王から治められる上納金だけもらって維持していくだけ。これもだいぶ抑えるようにした。だから大きな問題はない。なのに、あの三人はオーバースペックなんだよ。シャロンはディアッチ並に強いしね」

「じゃあ、遠慮なく借りていくね」

「どうぞ。気に入ったら、主様の眷属にしてもらってもいいよ」

「私はあんまり眷属って必要ないから……」


 血を吸わないといけないし、甘くなくて苦いから嫌い。

 そっぽを向くと、ウーバと目が合った。探るように目が細くなった。

 何を考えているか、バレたかもしれない。

 恥ずかしくて視線を逸らした。


「それと……店を開くには商業ギルドに申請がいるよ?」

「ウーバから聞いた。シャロンに手続きをお願いしようと思ってるの」

「それでもいいけど、商業ギルドは動きが遅い。主様の見た目だと、後回しにされる。仮に真祖だと伝えても信じないだろうし」


 プルルスの視線が私の頭から足下に降りていった。

 幼児ですが、なにか?


「……私はゆっくりでもいいけど?」

「主様の順番が後回しなんて僕が許せない。あとケーキ屋はどのあたりに構えるつもり? 建物は借りた?」

「ん? 全然決めてないけど」


 プルルスが納得したように頷いた。

 おもむろに片手を振って、近くのメイドを呼ぶ。びっくりするぐらいの美人。こんな人がこの城にはごろごろ存在する。

 どこのハーレム王だ。

 彼は涼しい顔で「ちょっと出かけてくる。あとの予定は全部キャンセルで」と伝えると、さっさと白雪城の外に向かって歩き始めた。

 私は慌てて追いかけた。


「僕が動いた方が絶対に早い。ウーバも来て」


 ウーバは目を丸くしながらも、従者のように従った。

 私はぽかんと口を開けていた。子供のようなプルルスがいつの間にか大人びている。

 しかも、協力姿勢がすごい。

 ただ――

 これ、大丈夫かな?



 ***



「――っ、ほ、ほんとに教祖プルルスさまっっ!?」


 頭髪の薄い商人風の男が、腰を抜かして尻もちをついた。

 当然だと思う。

 この国の裏の支配者が従者を連れて突然やってきたのだから。いくら評判が上がっても、生まれ変わったことを知らない人間には恐怖の権化だ。

 私は、ここが商業ギルドの建物なんだ――とプルルスに紹介されて入り、「ケーキ屋さんを開きたいの」と気難しそうな受付の女性に話しかけた。

 女性は至極当然に「お父さんか、お母さんはどこ? ここは遊び場じゃないのよ」と面倒くさそうに答えた。

 流れるように後ろに立ったメイド服のウーバを一瞥。

 身なりを見て良いところのお嬢さんとでも勘違いしたのか、表情が柔らかく変化する。

 加えて、その隣のプルルスを、数秒見つめ、「お父さんですか?」と優しく尋ねた。

 そして、彼は

「――プルルスだ」

 と平坦な声で答えた。


 ――数秒、沈黙。


 顔から血の気を失った女性が倒れ、隣にいた同僚が「ギルドマスター!」と叫びながら奥に駆け込み、そして太った商人風の男が全力で走り出てきて、真っ青になって手をこすり合わせている。

 平身低頭。

 命だけは! とでも叫びそうな顔だ。

 プルルスは露ほども表情を変えず、能面のような調子で言った。


「ケーキ屋の開店許可を求めたい。確か商業ギルドが管轄だよね」

「すぐに許可を!」

「許可書を直ちに発行して」

「ただちに!」

「こちらの方が店主となるから」


 私、プルルスに紹介される。

 もうどうにでもなれ。


「リリ……です」

「何か相談を受けたときは、商業ギルドをあげて、この方を援助するように」

「必ずや!」


 話はこれで終わった。

 打てば響く刀とはこういうものなのだろうか。

 ウーバはこめかみを抑えているが、知らぬ存ぜぬの態度だ。

 たぶん、毎日こんな感じなのだろう。


「伝えることは以上だ」

「あの、お店の名前は……」

「なに?」

「いえ、違います! 殺さないで! その……お店の名前は……どうさせていただけば良いのでしょうか?」


 プルルスが素早くこっちに視線を向けた。

 けれど、店の名前はまだ決めていない。行動が早すぎて考える暇もなかった。

 その間も、ギルドマスターが冷や汗を額に浮かべて答えを待っている。

 プルルスは、さも当然とばかりに言った。


「決まり次第、嗜虐翁ディアッチに伝えさせる」


 ギルドマスターの顔から、これでもかと言わんばかりに血の気が引いた。

 と、スローモーションでも見るようにそのまま後ろに倒れていった。

 プルルス以上にディアッチは怖いらしい。

 まあ、元が元だから……ね。

 ちなみに、王城でも同じような流れで土地と建物が借りられたのだ。

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